湯問第五
殷湯問於夏革曰、古初有物乎、夏革曰、古初無物、今惡得物、後之人將謂今之無物、可乎、殷湯曰、然則物無先後乎、夏革曰、物之終始初無極已、始或爲終、終或爲始、惡知其紀、然自物之外、自事之先、朕所不知也、
〔一〕 殷湯夏革*に問ひて曰く、古初に物有りやと。夏革曰く、古初に物無くば、今惡んぞ物あるを得ん。後の人將に今の物無きを謂へば可ならんやと。殷湯曰く、然らば則ち物に先後無きかと。夏革曰く、物の終始は初めより極まり無きのみ。始め或ひは終りと爲り、終り或ひは始めと爲る。惡んぞ其の紀*を知らん。然れども、物よりの外、事よりの先は、朕が知らざる所なりと。
*夏革、かきよく、殷の湯王の大夫。*紀、き、のり。
殷湯曰、然則上下八方有極盡乎、革曰、不知也、湯固問、革曰、無則無極、有則有盡、朕何以知之、然無極之外復無無極、無盡之中復無無盡、無極復無無極、無盡復無無盡、朕以是知其無極無盡也、而不知其有極有盡也、
殷湯曰く、然らば則ち上下八方は極盡有るかと。革曰く、知らずと。湯固く問ふ。革曰く、無ければ則ち無極なり、有れば則ち有盡なり。朕何を以てか之を知らん。然れども無極の外復た無極無く、無盡の中復た無盡無し。無極復た無極無く、無盡復た無盡無し。朕是を以て其の無極無盡なるを知りて、其の有極有盡なるを知らずと。
湯又問曰、四海之外奚有乎、革曰、猶齊州也、湯曰、汝奚以實之、革曰、朕東行至營、人民猶是也、問營之東、復猶營也、西行至幽†人、民猶是也、問幽†之西、復猶幽†也、朕以是知四海四荒四極之不異是也、
†幽の字、ほんとは中の二つが幺でなく豕。
湯又た問ひて曰く、四海の外奚か有ると。革曰く、猶ほ齊州*のごとしと。湯曰く、汝奚を以て之を實とすると。革曰く、朕東行して營(えい)に至るに、人民猶ほ是のごとし。營の東を問ふに、復た猶ほ營のごとし。西行して幽†(ひん)に至るに、人民猶ほ是のごとし、幽†の西を問ふに復た猶ほ幽†のごとし。朕是を以て四海・四荒・四極*の是に異ならざるを知る。
*齊州、せいしう、中国。*四海の外が四荒(しくわう)、その外が四極。
故大小相含無窮極也、含萬物者亦如含天地、含萬物也、故不窮、含天地也、故無極、朕亦焉知天地之表不有大天地者乎、亦吾所不知也、然則天地亦物也、物有不足、
故に大小相ひ含みて窮極無し。萬物を含む者は亦た天地を含むがごとし。萬物を含む、故に不窮なり。天地を含む、故に無極なり。朕亦た焉んぞ天地の表(そと)に天地より大なる者有らざるを知らんや。亦た吾が知らざる所なり。然らば則ち天地も亦た物なり。物には足らざる有り。
故昔者女咼†氏練五色石以補天闕、斷鼇之足以立四極、其後共工氏與瑞†頁†爭爲帝、怒而觸不周之山、折天柱、絶地維、故天傾西北、日月星辰就焉、地不滿東南、故百川水潦歸焉、
†咼の字、ほんとは女へんに咼。†瑞の字、ほんとは王へんがなく右側に頁。†頁の字、ほんとは王へんに頁。
故に昔者(むかし)女咼†氏*五色の石を練り、以て天の闕を補ひ、鼇*の足を斷ちて以て四極を立つ。其の後、共工(きようこう)氏、瑞†頁†*と帝たらんことを爭ひ、怒りて不周の山*に觸れ、天柱を折り、地維*を絶つ、故に天は西北に傾き*、日月星辰焉に就く。地は東南に滿たず*、故に百川水潦*焉に歸すと。
*女咼†氏、ぢよくわし、三皇の一人。*鼇、がう、大亀。*瑞†頁†、せんぎよく、五帝の一人。*不周の山、西北の果てにあるという山。*地維、ちゐ、大地を支える綱。*傾き、高くなる。*滿たず、低くなる。*水潦、すゐれう、雨水。
湯又問、物有巨細乎、有修短乎、有同異乎、革曰、渤海之東不知幾億萬里、有大壑焉、實惟無底之谷、其下無底、名曰歸墟、八紘九野之水、天漢之流、莫不注之、而無摶ウ減焉、
湯又た問ふ、物に巨細あるか、脩短あるか、同異あるかと。革曰く、渤海(ぼつかい)の東幾億萬里なるを知らずして、大壑(たいがく)有り、實に惟れ無底の谷、其の下底無し。名づけて歸墟(ききよ)と曰ふ。八紘*九野*の水、天漢の流れ、之に注がざるは莫きも、而かも揩キ無く減る無し。
*八紘、はつくわう、地の果て。*九野、きうや、四海の内の九州。
其中有五山焉、一曰岱輿、二曰員喬†、三曰方壷、四曰瀛洲、五曰蓬莱、其山高下周旋三萬里、其頂平處九千里、山之中闡葛試オ萬里、以爲鄰居焉、其上臺觀皆金玉、其上禽獸皆純縞、珠干†之樹皆叢生、華實皆有滋味、食之皆不老不死、所居之人皆仙聖之種、一日一夕飛相往來者不可數焉、
†喬の字、ほんとは山へんに喬。†干の字、ほんとは王へんに干。
其の中に五山あり、一に曰く岱輿(たいよ)、二に曰く員喬†(ゐんけう)、三に曰く方壷(はうこ)、四に曰く瀛洲(えいしう)、五に曰く蓬莱(ほうらい)、其の山高下周旋*三萬里、其の頂の平らかなる處九千里、山の中闡鰍ミ去ること七萬里なるも、以て鄰居*と爲す。其の上の臺觀*皆な金玉、其の上の禽獸皆な純縞*なり。珠干†*の樹皆な叢生*し、華實皆な滋味有り、之を食へば皆な老いず死せず。居る所の人は、皆な仙聖の種、一日一夕、飛びて相ひ往來する者數ふべからず。
*高下周旋、かうかしうせん、高さと周囲。*鄰居、りんきよ、となり。*臺觀、だいくわん、たかどの。*純縞、じゆんかう、純白。*珠干†、しゆかん、たま。*叢生、そうせい、群がり生える。
而五山之根無所連著、常随潮波上下往還、不得斬†峙焉、仙聖毒之、訴之於帝、帝恐流於西極、失羣仙聖之居、乃命禺彊、使巨鼇十五擧首而戴之、迭爲三番、六萬歳一交焉、五山始峙而不動、
†斬の字、ほんとは斬の下に足。
而して五山の根、連著*する所無く、常に潮波*に随ひて、上下往還し、斬†(暫)くも峙(そばだ)つ*を得ず。仙聖之を毒(うれ)へ、之を帝*に訴ふ。帝西極に流れて、羣仙聖の居を失はんことを恐る。乃ち禺疆*に命じ、巨鼇十五をして首を擧げて之を載き、迭(たがひ)に三番*を爲し、六萬歳に一たび交(かは)らしむ。五山始めて峙ちて動かず。
*連著、れんちやく、つながりくっつく。*潮波、てうは、うしおやなみ。*峙つ、そびえたつ。*帝、てい、天帝。*禺疆、ぐうきやう、北海の神。*三番、さんばん、三交代。
而龍伯之國有大人、擧足不盈數歩、而曁五山之所、一釣而連六鼇、合負趣歸其國、灼其骨以數焉、於是岱輿員喬†二山流於北極、沈於大海、仙聖之播遷者巨億計、帝憑怒侵減龍伯之國使阨、侵小龍伯之民使短、至伏羲~農時其國人猶數十丈、從中州以東四十萬里得焦†僥國、人長一尺五寸、東北極有人、名曰諍人、長九寸、
†喬の字、ほんとは山へんに喬。†焦の字、ほんとは人べんに焦。
而して龍伯(りようはく)の國*に大人有り、足を擧ぐること數歩に盈たずして、五山の所に曁(およ)ぶ。一たび釣りて六鼇を連ね、合せ負ひて趣かに其の國に歸り、其の骨を灼いて以て數(うらな)ふ。是に於て岱輿員喬†の二山、北極に流れ、大海に沈む。仙聖の播遷*せらるゝもの巨億計(ばかり)、帝憑(おほい)に怒り、龍伯の國を侵減して阨*ならしめ、龍伯の民を侵小して短ならしむ。伏羲~農の時に至り、其の國人猶ほ數十丈なり。中州*より以東四十萬里にして、焦†僥(せうげう)國を得、人の長(たけ)一尺五寸。東北極に人有り、名づけて諍人*と曰ふ、長九寸なり。
*龍伯の國、崑崙の北九万里にあるという。*播遷、はせん、漂泊。*阨、あい、せまい。*中州、ちうしう、齊州。*諍人、さうじん、こびと。
荊之南有冥靈者、以五百歳爲春、五百歳爲秋、上古有大椿者、以八千歳爲春、八千歳爲秋、朽壤之上有菌芝者、生於朝、死於晦、春夏之月有蒙†蚋者、因雨而生、見陽而死、
†蒙の字、ほんとは虫へんに蒙。
荊の南に冥靈*なる者有り、五百歳を以て春と爲し、五百歳を秋と爲す。上古に大椿*なる者有り、八千歳を以て春と爲し、八千歳を秋と爲す。朽壤*の上に菌芝*なる者有り、朝に生じ晦(ゆふべ)に死(か)る。春夏の月*、蒙†蚋*なる者有り、雨に因りて生じ、陽を見て死す。
*冥靈、めいれい、木の名。*大椿、たいちん、木の名。*朽壤、きうじやう、腐れ土。*菌芝、きんし、きのこの名。*春夏の月、春から夏にかけて。*蒙†蚋、もうぜい、どちらも小虫の名。
終北之北有溟海者、天池也、有魚焉、其廣數千里、其長稱焉、其名爲鯤、有鳥焉、其名爲鵬、翼若垂天之雲、其體稱焉、世豈知有此物哉、大禹行而見之、伯u知而名之、夷堅聞而志之、
終北の北に溟海なる者有あり。天池なり。魚有り、其の廣さ數千里、其の長さ焉に稱ふ*。其の名を鯤と爲す。鳥有り、其の名を鵬と爲す、翼は垂天の雲のごとく、其の體焉に稱ふ*。世豈に此の物有るを知らんや。大禹行きて之を見、伯u(はくえき)知りて之を名づけ、夷堅(いけん)聞きて之を志す。
*焉に稱ふ、それと釣り合っている。
江浦之關カ麼蟲、其名曰焦螟、羣飛而集於蚊睫弗相觸也、栖宿去來蚊弗覺也、離朱子瀦晝、拭眥揚眉而望之、弗見其形、褫†兪師曠方夜摘†耳俛首而聽之、弗聞其聲、唯黄帝與容成子居空同†之上、同齋三月、心死形廢、徐以~視、塊然見之若嵩山之阿、徐以氣聽、平†然聞之若雷霆之聲、
†褫の字、ほんとは衣へんでなく角へん。†摘の字、ほんとは手へんに適。†同の字、ほんとは山へんに同。†平の字、ほんとは石へんに平。
江浦*の閧ノ麼蟲*を生ず、其の名を焦螟(せうめい)と曰ふ。群飛して蚊の睫(まつげ)に集まるも相ひ觸れず、栖宿*去來するも蚊は覺らざるなり。離朱*・子秩iしう)晝に方り、眥(まなじり)を拭ひ、眉を揚げて之を望むも、其の形を見ず。褫†兪(ちゆ)・師曠*夜に方り、耳を摘†(ひら)き、首を俛(た)れて之を聽くも、其の聲を聞かず。唯だ黄帝と容成子*とのみ、空同†*の上に居り、同じく齋(ものいみ)すること三月、心死し形廢して、徐ろに~を以て視れば、塊然*として之を見ること、嵩山(すうざん)の阿(くま)のごとく、徐ろに氣を以て聽けば、平†然*として之を聞くこと雷霆の聲のごとし。
*江浦、大きな川とその岸辺。*麼蟲、ばちう、はむし。*栖宿、せいしゆく、棲息。*離朱、りしゆ、古の目のすぐれた人。*師曠、しくわう、古の耳のすぐれた人。*容成子、ようせいし、黄帝の史臣。*空同、くうどう、山の名。*塊然、くわいぜん、大きなかたまりのさま。*平†然、はうぜん、轟き響くさま。
呉楚之國有大木焉、其名爲搖†、碧樹而冬生實、丹而味酸、食其皮汁已憤厥之疾、齊州珍之、渡淮而北、而化爲枳焉、瞿†谷†不踰濟、貉踰文†則死矣、地氣然也、雖然形氣異也、性鈞已、無相易已、生皆全已、分皆足已、吾何以識其巨細、何以識其修短、何以識其同異哉、
†搖の字、ほんとは手へんでなく木へんで右側に系。†瞿の字、ほんとは瞿の右に鳥。†谷の字、ほんとは谷の右に鳥。†文の字、ほんとはさん水に文。
呉楚の國に大木有り、其の名を搖†(いう)と爲す。碧樹にして冬實を生じ、丹(あか)くして味は酸(す)く、其の皮汁(ひじふ)を食へば、憤厥*の疾を已やす。齊州之を珍とし、淮*を渡りて北せしむれば、而(すなは)ち化して枳(からたち)と爲る。瞿†谷†*は濟*を踰えず、貉*は文†*を踰ゆれば則ち死す、地氣の然らしむるなり。然(しか)く形氣は異なりと雖も、性は鈞しきのみ。相ひ易ふる無きのみ。生は皆全きのみ。分は皆な足るのみ。吾れ何を以てか、其の巨細を識らん。何を以てか其の脩短を識らん。何を以てか其の同異を識らんやと。
*憤厥、ふんけつ、逆上しのぼせ上がる。*淮、わい、淮水。*瞿†谷†、くよく、ははっちょう。*濟、せい、濟水。*貉、かく、むじな。*文†、びん、泯江(揚子江の上流)。
太行王屋二山、方七百里、高萬仞、本在冀州之南、河陽之北、北山愚公者、年且九十、面山而居、懲山北之塞、出入之迂也、聚室而謀曰、吾與汝畢力平險、指通豫南、達于漢陰、可乎、雜然相許、
〔二〕 太行(たいかう)王屋(わうをく)の二山、方七百里、高さ萬仞、本と冀(き)州の南、河陽の北に在り。北山の愚公(ぐこう)なる者、年且に九十ならんとす。山に面して居り、山北の塞がりて、出入の迂*なるに懲(くる)しむ。室*を聚めて謀りて曰く、吾と汝と力を畢(つく)して、險を平げ、指して*豫*の南に通じ、漢*の陰(みなみ)に達せん、可ならんかと。雜(みな)然りとして相ひ許す。
*迂、う、回り道。*室、しつ、家族。*指して、まっすぐに。*豫、よ、豫州。*漢、かん、漢水。
其妻獻疑曰、以君之力、曾不能損魁父之丘、如太行王屋何、且焉置土石、雜曰、投ゥ渤海之尾、隱土之北、遂率子孫荷擔者三夫、叩石墾壤、箕畚運於渤海之尾、鄰人京城氏之孀妻有遺男、始齔、跳往助之、寒暑易節、始一反焉、
其の妻疑ひを獻じて曰く、君の力を以てしては、曾ち魁父*の丘すら損する能はじ、太行・王屋を如何せん、且つ焉くにか土石を置かんと。雜曰くゥを渤海の尾*、隱土*の北に投ぜんと。遂に子孫の荷擔する者三夫を率ゐ、石を叩き、壤(つち)を墾(ひら)き、箕畚*もて渤海の尾に運ぶ。鄰人京城氏の孀妻*に遺男*有り、始めて齔*す。跳り往きて之を助く。寒暑節を易へて、始めて一たび反る。
*魁父、くわいふ、小さな丘。*尾、び、はて。*隱土、いんど、東北の州。*箕畚、きほん、もっこ。*孀妻、さうさい、寡婦。*遺男、ゐだん、遺児。*齔、しん、歯が抜け替わる。
河曲智叟笑而止之曰、甚矣、汝之不惠、以殘年餘力、曾不能毀山之一毛、其如土石何、北山愚公長息曰、汝心之固、固不可徹、曾不若孀妻弱子、雖我之死、有子存焉、子又生孫、孫又生子、子又有子、子又有孫、子子孫孫無窮匱也、而山不加掾A何若而不平、河曲智叟亡以應、
河曲の智叟笑ひて之を止めて曰く、甚しいかな、汝の不慧なる。殘年餘力を以てしては、曾ち山の一毛すら毀つ能はじ。其れ土石を如何せんと。北山の愚公長息して曰く、汝が心の固*なる、固(まこと)に徹すべからず。曾ち孀妻弱子にすら若かず。我は死すと雖も、子有りて存し、子は又た孫を生み、孫は又た子を生む、子又た子有り、子又た孫有り、子子孫孫窮匱*する無し。而して山は揩キを加へず、何若してか平かならざらんと。河曲の智叟以て應ふる亡し。
*固、こ、かたくな。*窮匱、きゆうき、たくわえがなくなる。
操蛇之~聞之、懼其不已也、告之於帝、帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山、一昔†朔東、一昔†雍南、自此冀之南漢之陰、無隴斷焉、
†昔の字、ほんとは厂に昔。
操蛇の~*之を聞きて、其の已めざらんことを懼れ、之を帝に告ぐ。帝其の誠を感じ、夸娥(こが)氏の二子に命じ、二山を負ひて一を朔東*に昔†*き、一を雍南*に昔†かしむ。此よりして冀の南、漢の陰に隴斷*無し。
*操蛇の~、さうだのかみ、山海の神。*朔東、さくとう、朔北の東。*雍南、ようなん、雍州の南。*昔†≒措。*隴斷、ろうだん、小さな丘。
夸父不量力、欲追日影、遂之於隅谷之際、渇欲得飲、赴飲河渭、河渭不足、將走北飲大澤、未至、道渇而死、棄其杖、尸膏肉所浸、生ケ林、ケ林彌廣數千里焉、
〔三〕 夸父*力を量らず、日の影を追はんと欲し、之を隅谷*の際に逐ふ。渇して飲を得んと欲し赴きて河渭*に飲む、河渭足らず、將に走りて北のかた大澤*に飲まんとす。未だ至らず。道に渇して死し、其の杖を棄つ。尸(しかばね)の膏肉(かうにく)の浸す所、ケ林(とうりん)を生ず。ケ林の廣さ數千里に彌(わた)る。
*夸父、こほ、古の巨人。*隅谷、ぐうこく、西の果てにあるという日の沈む谷。*河渭、かゐ、黄河と渭水。*大澤、だいたく、北方にあるという沢の名。
大禹曰、六合之閨A四海之内、照之以日月、經之以星辰、紀之以四時、要之以太歳、~靈所生、其物異形、或夭或壽、唯聖人能通其道、
〔四〕 大禹曰く、六合の閨A四海の内、之を照すに日月を以てし、之を經*するに星辰を以てし、之を紀するに四時を以てし、之を要*するに太歳*を以てす。~靈生ずる所、其の物形を異にす、或ひは夭或ひは壽なり、唯だ聖人のみ能く其の道に通ずと。
*經、けい、方位を定める。*要、えう、つかさどる。*太歳、たいさい、木星。
夏革曰、然則亦有不待~靈而生、不待陰陽而形、不待日月而明、不待殺戮而夭、不待將迎而壽、不待五穀而食、不待上E而衣、不待舟車而行、其道自然、非聖人之所通也、
夏革曰く、然かも則ち亦た~靈を待たずして生じ、陰陽を待たずして形し、日月を待たずして明かに、殺戮を待たずして夭し、將迎*を待たずして壽に、五穀を待たずして食ひ、上E*を待たずして衣、舟車を待たずして行くものあり、其の道自然なり、聖人の通ずる所に非ざるなりと。
*將迎、しやうげい、養生法。*上E、そうくわう、絹や綿。
禹之治水土也、迷而失塗、謬之一國、濱北海之北、不知距齊州幾千萬里、其國名曰終北、不知際畔之所齊限、無風雨霜露、不生鳥獸蟲魚草木之類、四方悉平周以喬陟、當國之中有山、山名壷領、状若・†垂†、頂有口、状若員環、名曰滋穴、
†・の字、ほんとは・の右に瓦。†垂の字、ほんとは垂の右に瓦。
〔五〕 禹の水土を治むるや、迷ひて塗を失ひ、謬りて一國に之く。北海の北に濱*し、齊州を距(さ)ること幾千萬里なるを知らず。其の國名づけて終北と曰ふ。際畔*の齊限*する所を知らず。風雨霜露無く、鳥獸蟲魚草木の類を生ぜず。四方悉く平らかに、周(、めぐ)らすに喬陟*を以てす。國の中に當りて山有り。山を壷領(これい)と名づく。状は・†垂†*のごとし。頂に口有り、状は員環*のごとく、名づけて滋穴(じけつ)と曰ふ。
*濱、ひん、水に臨む。*際畔、さいはん、境界。*齊限、せいげん、制限。*喬陟、けうちよく、重なり合った高い山。*・†垂†、たんつゐ、かめ。*員環、ゑんくわん、丸い輪。
有水湧出、名曰~糞†、臭過蘭椒、味過醪醴、一源分為四埒、注於山下、經営一國、亡不悉遍、土氣和亡札氏A其人性婉而從物、不競不爭、柔心而弱骨、不驕不忌、長幼儕居、不君不臣、男女雜游、不媒不聘、
†糞の字、ほんとはさん水に糞。
水有りて湧出す、名づけて~糞†(しんふん)と曰ふ。臭(かおり)は蘭椒*に過ぎ、味は醪醴*に過ぐ。一源分れて四埒*となりて、山下に注ぎ、一國を經營*して、悉く遍からざるは亡し。土氣和し札氏末Sし。其の人の性婉*にして物に從ひ、競はず爭はず、柔心にして弱骨、驕らず忌まず、長幼儕(とも)に居りて、君たらず臣たらず。男女雜游して、媒せず聘せず*。
*蘭椒、らんせう、香草や山椒。*醪醴、らうれい、濁り酒や甘酒。*埒、れつ、流れ。*經營、けいえい、経巡る。*札氏Aさつれい、疫病。*婉、ゑん、すなお。*媒せず聘せず、媒酌もなく結納もない。
縁水而居、不耕不稼、土氣温適、不織不衣、百年而死、不夭不病、其民孳阜亡數、有喜樂、亡衰老哀苦、其俗好聲、相攜而迭謠、終日不輟音、飢倦†即飲~糞†、力志和平、過則醉、經旬乃醒、沐浴~糞†、膚色脂澤、香氣經旬乃歇、
†倦の字、ほんとは人べんでなくりっ心べん。†糞の字、ほんとはさん水に糞。
水に縁りて居り、耕さず稼(う)えず。土氣温適にして、織らず衣ず。百年にして死し、夭せず病まず。其の民孳阜*數亡く、喜樂有りて衰老哀苦亡し。其の俗聲を好み、相ひ攜(たづさ)へて迭(たがひ)に謠ひ、終日音を輟めず。饑え倦†(はげ)しければ則ち~糞†を飲み、力志*和平なり。過ぐれば則ち醉ひ、旬を經て乃ち醒む。~糞†に沐浴すれば、膚色脂澤(したく)あり、香氣旬を經て乃ち歇む。
*孳阜、じふ、生み育てる。*力志、りきし、身も心も。
周穆王北游過其國、三年忘歸、既反周室、慕其國敞†然自失、不進酒肉、不召嬪御者、數月乃復、
周の穆王北游して其の國を過ぎ、三年歸るを忘る。既にして周室に反り、其の國を慕ひて、敞然*自失し、酒肉を進めず、嬪御を召さゞること數月にして乃ち復す。
*敞然、しやうぜん、失意のさま。
管仲勉齊桓公、因游遼口、倶之其國、幾剋期、隰朋諫曰、君舎齊國之廣、人民之衆、山川之觀、殖物之阜、禮義之盛、章服之美、妖靡盈庭、忠良滿朝、肆咤則徒卒百萬、視ヒ則ゥ侯從命、亦奚羨於彼而棄齊國之社稷、從戎夷之國乎、此仲父之耄、奈何從之、
管仲齊の桓公に勉(すゝ)め、遼口*に游ぶに因(ちなみ)て、倶に其の國に之かんとして、幾んど期を剋(定)む。隰朋諫めて曰く、君齊國の廣き、人民の衆き、山川の觀、殖物の阜(おほ)き、禮義の盛、章服の美、妖靡*庭に盈ち、忠良朝に滿ち、肆咤*すれば則ち徒卒百萬、視ヒ*すれば則ちゥ侯命に從ふを舎てゝ、亦た奚ぞ彼を羨み、齊國の社稷を棄てゝ、戎夷(じうい)の國に從はんや。此れ仲父の耄(ばう)せるなり、奈何ぞ之に從はんと。
*遼口、れうこう、遼河の河口。*妖靡、えうび、美女。*肆咤、しつた、叱咤。*視ヒ、しき、指揮。
桓公乃止、以隰朋之言告管仲、仲曰、此固非朋之所及也、臣恐彼國之不可知之也、齊國之富奚戀、隰朋之言奚顧、
桓公乃ち止め、隰朋の言を以て管仲に告ぐ。仲曰く、此れ固より朋の及ぶ所に非ざるなり。臣恐らくは、彼の國の之くを知(得)べからざらんことを、齊國の富奚ぞ戀はん、隰朋の言奚ぞ顧みんと。
南國之人祝髪而裸、北國之人鞨巾而裘、中國之人冠冕而裳、九土所資或農、或商、或田、或漁、如冬裘、夏葛、水舟陸車、默而得之、性而成之、越之東有輒休之國、其長子生則鮮而食之、謂之宜弟、其大父死負其大母而棄之、曰鬼妻不可以同居處、
〔六〕 南國の人は祝髪*にして裸、北國の人は鞨巾*にして裘(かはごろも)、中國の人は冠冕*にして裳(もすそ)。九土の資する所、或ひは農、或ひは商、或ひは田(かり)し、或ひは漁す。冬には裘し夏には葛(かたびら)し、水には舟し陸には車するがごとき、默して之を得、性のまゝにして之を成す。越の東に輒休(てふきう)の國あり、其の長子生るれば則ち鮮*にして之を食ひ、之を弟に宜しと謂ふ。其の大父*死すれば、其の大母*を負ひて之を棄つ、曰く鬼妻*は以て居處を同じくすべからずと。
*祝髪、しゆくはつ、断髪。*鞨巾、ばつきん、頭巾をかぶる。*冠冕、くわんべん、っかんむり。*鮮、せん、生のまま。*大父、たいふ、祖父。*大母、たいぼ、祖母。*鬼妻、きさい、死者の妻。
楚之南有炎人之國、其親戚死、朽†其肉而棄之、然後埋其骨、迺成爲孝子、秦之西有儀渠之國者、其親戚死、聚柴積而焚之、燻則煙上謂之登遐、然後成爲孝子、此上以爲政、下以爲俗而未足爲異也、
†朽の字、ほんとは木へんでなく歹。
楚の南に炎人(たんじん)の國有り、其の親戚死すれば其の肉を朽†(くさ)らせて之を棄て、然る後其の骨を埋め、迺ち孝子たりと成す。秦の西に儀渠(ぎきよ)の國なる者有り、其の親戚死すれば、柴を聚めて積みて之を焚(や)き、燻(いぶ)して則ち煙上り、之を登遐と謂ひ、然る後孝子たりと成す。此れ上は以て政と爲し、下は以て俗と爲して、未だ異と爲すに足らざるなり。
孔子東游、見兩小兒辯鬪、問其故、一兒曰、我以日始出時去人近、而日中時遠也、一兒曰我以日初出遠、而日中時近也、
〔七〕 孔子東游し、兩小兒の辯鬪するを見て、其の故を問ふ。一兒曰く、我れ以へらく日の始めて出づる時は人を去ること近くして、日の中する時は遠しと。一兒曰く、我以へらく、日の初めて出づるや遠くして、日の中する時は近しと。
一兒曰、日初出大如車輪、及日中則如盤盂、此不爲遠者小而近者大乎、一兒曰、日初出滄滄涼涼、及其中如探湯、此不爲近者熱而遠者涼乎、孔子不能決也、兩小兒笑曰、孰爲汝多知乎、
一兒曰く、日の初めて出づるや大いさ車輪のごとく、日の中するに及べば則ち盤盂*のごとし。此れ遠き者小にして近き者大なるが爲めならずやと。一兒曰く、日の初めて出づるや滄滄凉凉*たり、其の中するに及べば、湯を探るがごとし。此れ近き者熱くして遠き者凉しきが爲めならずやと。孔子決する能はず。兩小兒笑ひて曰く、孰か汝を多知なりと爲(謂)ふやと。
*盤盂、ばんう、お盆やお椀。*滄滄、さうさう、寒いさま。凉凉、りやうりやう、涼しいさま。
均天下之至理也、連於形物亦然、均髪均縣、輕重而髪絶、不均也、均其絶也莫絶、人以爲不然、自有知其然者也、・何以獨繭絲爲綸、芒鍼爲鉤荊篠爲竿、剖粒爲餌、引盈車之魚於百仞之淵汨流之中、綸不絶、鉤不伸、竿不橈、
〔八〕 均しきは天下の至理なり。形物に連(つら)なるも亦た然り。髪を均しくすれば縣(かゝ)るを均しくす。輕重ありて髪の絶(き)るゝは、均しからざればなり。均しければ其れ絶れんとするも絶るゝこと莫し。人は以て然らずと爲すも、自ら其の然るを知る者有り。・何(せんか)は獨繭絲*を以て綸(いと)と爲し、芒鍼*を鉤(はり)と爲し、荊篠*を竿と爲し、粒*を剖きて餌と爲して、盈車*の魚を百仞の淵・汨流*の中に引くに、綸絶えず、鉤伸びず、竿撓(たわ)まず。
*獨繭絲、どくけんし、一匹の蚕からとった糸。*綸、りん、釣り糸。*芒鍼、ぼうしん、のぎ(稲・麦などの穀物の先端の細毛)のとがったところ。*荊篠、けいでう、いばらやしの竹。*粒、りう、飯粒。*盈車、えいしや、車にいっぱいの。*汨流、こつりう、渦巻く激流。
楚王聞而異之、召問其故、・何曰、臣聞先大夫之言、蒲且子之弋也、弱弓纖檄†、乗風振之、連雙倉†於雲之際、用心專、動手均也、臣因其事、放而學釣五年、始盡其道、
†檄の字、ほんとは木へんでなく糸へん。†倉の字、ほんとは倉の右に鳥。
楚王聞きて之を異とし、召して其の故を問ふ。・何曰く、臣、先大夫*の言を聞くに、蒲且子*の弋(いぐるみ)や弱弓纖檄†*、風に乗じて之を振ひ、雙倉†を雲の際に連ぬ、心を用ふること專らにして、手を動かすこと均しければなりと。臣其の事に因り、放(なら)ひて釣を學ぶこと五年、始めて其の道を盡す。
*先大夫、せんたいふ、亡父。*蒲且子、ほしよし、古の弋射の名人。*弱弓纖檄†、じやくきうせんしやく、弱い弓に細い糸。*雙倉†、さうさう、二羽のまなづる。
當臣之臨河持竿、心無雜慮、唯魚之念、投綸沈鉤、手無輕重、物莫能亂、魚見臣之鉤餌、猶沈埃聚沫、呑之不疑、所以能以弱制彊、以輕致重也、大王治國誠能若此、則天下可運於一握、將亦奚事哉、楚王曰善、
臣の河に臨み竿を持つに當りては、心に雜慮無く、唯だ魚をのみ之れ念ふ。綸を投じ鉤を沈むるに、手に輕重なく、物能く亂す莫し。魚臣の釣餌(てうじ)を見ること、猶ほ沈埃聚沫*のごとく、之を呑みて疑はず。所以に能く弱きを以て彊きを制し、輕きを以て重きを致すなり。大王の國を治むること誠に能く此のごとくんば、則ち天下は一握に運らすべし、將(は)た亦た奚をか事とせんやと。楚王曰く善しと。
*沈埃聚沫、ちんあいしゆうまつ、沈んだほこり集まった泡。
魯公扈趙齊嬰二人有疾、同詣扁鵲求治、扁鵲治之、既同愈、謂公扈齊嬰曰、汝曩之所疾、自外而干府藏者、固藥石之所已、今有偕生之疾、與體偕長、今爲汝攻之何如、二人曰、願先聞其驗、
〔九〕 魯の公扈(こうこ)、趙の齊嬰(せいえい)の二人疾有り。同じく扁鵲*に詣り治を求む。扁鵲之を治めて既に同じく愈ゆ。公扈・齊嬰に謂ひて曰く、汝が曩に疾む所は、外よりして府藏を干す者にして、固より藥石の已やす所なり。今偕生*の疾有り、體と偕に長ず。今汝が爲めに之を攻(をさ)めんは如何と。二人曰く、願はくは先づ其の驗*を聞かんと。
*扁鵲、へんじやく、古の名医。*偕生、かいせい、生まれつき。*驗、けん、症状。
扁鵲謂公扈曰、汝志彊而氣弱、故足於謀而寡於斷、齊嬰志弱而氣彊、故少於慮而傷於專、若換汝之心、則均於善矣、扁鵲遂飲二人毒酒、迷死三日、剖胸探心、易而置之、投以~藥、既悟如初、
扁鵲公扈に謂ひて曰く、汝は志彊くして氣弱し、故に謀に足りて斷に寡なし、齊嬰は志弱くして氣彊し、故に慮に少くして專に傷る*。若し汝の心*を換ふれば則ち善(よき)に均しと。扁鵲遂に二人に毒酒を飲ましめ、迷死*せしむること三日、胸を剖き心を探り、易へて之を置き、投ずるに~藥を以てす。既に悟むれば初めのごとし。
*專に傷る、独断で失敗する。*心、しん、心臓。*迷死、めいし、仮死。
二人辭歸、於是公扈反齊嬰之室、而有其妻子、妻子弗識、齊嬰亦反公扈之室、而有其妻子、妻子亦弗識、二室因相與訟、求辨於扁鵲、扁鵲辨其所由、訟乃已、
二人辭して歸る。是に於て公扈は齊嬰の室*に反り、其の妻子を有せんとして、妻子識らず。齊嬰も亦た公扈の室に反りて、其の妻子を有せんとして、妻子も亦た識らず。二室*因りて相ひ與に訟へて辨を扁鵲に求む。扁鵲其の由る所を辨じ、訟へ乃ち己む。
*室、しつ、家。*二室、にしつ、二人の妻。
瓠巴鼓琴、而鳥舞魚躍、鄭師文聞之、棄家從師襄游、柱指鈞弦三年、不成章、師襄曰、子可以歸矣、師文舎其琴歎曰、文非弦之不能鈞、非章之不能成、文所存者不在弦、所志者不在聲、内不得於心、外不應於器、故不敢發手而動弦、且小假之、以觀其後、
〔十〕 瓠巴*琴を鼓せば、鳥舞ひ魚躍る。鄭の師文(しぶん)之を聞き、家を棄てゝ師襄に從ひて游ぶ、指を柱(さゝ)へ弦を鈞(とゝの)ふること三年にして、章を成さず。師襄曰く、子以て歸るべしと。師文其の琴を舎て嘆じて曰く、文は弦を之れ鈞ふる能はざるに非ず、章を之れ成す能はざるに非ず。文の存する所の者は弦に在らず、志す所の者は聲に在らず。内に心に得ざれば、外に器に應ぜず。故に敢へて手を發して弦を動かさゞるなり。且く小しく之を假(ま)ちて、以て其の後を觀よと。
*瓠巴、こは、古の琴の名人。
無幾何復見師襄、師襄曰、子之琴何如、師文曰、得之矣、請嘗試之、於是當春而叩商弦以召南呂、涼風忽至、草木成實、及秋而叩角弦以激夾鍾、温風徐廻、草木發榮、當夏而叩柱キ以召黄鐘、霜雪交下、川池暴沍、及冬而叩徴弦以激甦†賓、陽光熾烈、堅冰立散、
†甦の字、ほんとは上に草かんむりで左が更でなく豕。
幾何も無くして復た師襄を見ゆ。師襄曰く、子の琴何如と。師文曰く之を得たり、請ふ之を嘗試みんと。是に於て春に當りて商*の弦を叩きて以て南呂*を召せ*ば、凉風忽ち至り、草木實を成す。秋に及びて角*弦を叩きて、以て夾鍾*を激すれ*ば、温風徐ろに廻り、草木榮(はな)を發く。夏に當りて秩魔フ弦を叩きて以て黄鍾*を召せば、霜雪交々下り、川池暴(にはか)に沍(こほ)る。冬に及びて徴*の絃を叩きて以て甦†賓*を激すれば、陽光熾烈にして、堅氷(けんひよう)立(たちどこ)ろに散ず。
*商(しやう)・角(かく)・秩iう)・徴(ち)、それぞれ五音の一。*南呂(なんりよ)・夾鍾(けふしよう)・黄鍾(わうしよう)・甦†賓(ずゐひん)、それぞれ十二律の一。*召す・激す、奏でる。
將終、命宮而總四弦、則景風翔、慶雲浮、甘露降、醴泉涌、師襄乃撫心高蹈曰、微矣、子之彈也、雖師曠之C角、鄒衍之吹律、亡以加之、彼將挟琴執管、而從子之後耳、
將に終らんとし、宮*に命じて四絃を總ぶれ*ば、則ち景風翔(かけ)り、慶雲浮び、甘露降り、醴泉*涌く。師襄乃ち心(むね)を撫し、高蹈して曰く、微なるかな子の彈や、師曠*のC角*、鄒衍(すうえん)の吹律*と雖も以て之に加ふる亡し、彼れ將に琴を挾み、管を執りて、子の後に從ふのみと。
*宮、きう、五音の一。*總ぶ、一度にかき鳴らす。*景風、けいふう、なごやかな南風。*醴泉、うま酒の泉。*高蹈、かうたう、高く足踏みする。*師曠、しくわう、晉の平公の大師(音楽官)。*C角、せいかく、琴の曲の名。*吹律、すゐりつ、律を吹く(寒地の禾黍を滋らせた)。
薛譚學謳於秦、未窮之技、自謂盡之、遂辭歸、秦弗止、餞於郊衢、撫節悲歌、聲振林木、響遏行雲、薛譚乃謝求反、終身不敢言歸、秦顧謂其友曰、昔韓娥東之齊、匱糧、過雍門、鬻歌假食、既去而餘音繞梁麗†、三日不絶、左右以其人弗去、
†麗の字、ほんとは木へんに麗。
〔十一〕 薜譚*謳*を秦*に學び、未だの技を窮めず。自ら之を盡すと謂ひ、遂に辭して歸る。秦止めずして郊衢*に餞(はなむけ)し、節*を撫ちて悲歌す。聲は林木に振ひ、響きは行雲を遏(とゞ)む。薜譚乃ち謝して反るを求め、終身敢て歸るを言はず。秦顧みて其の友に謂ひて曰く、昔韓娥(かんが)東のかた齊に之き、糧に匱し。雍門*を過ぎ、歌を鬻ぎて食を假(こ)ふ。既に去りて餘音梁麗†*を遶りて三日絶えず、左右其の人去らずと以(おも)ふ。
*薜譚(せつたん)・秦(しんせい)、秦の国の歌の名手。*謳、おう、歌謡。*郊衢、かうく、町外れの四つ辻。*節、せつ、楽器。*雍門、ようもん、齊の城門の名。*梁麗†、りやうれい、はりや棟木。
過逆旅、逆旅人辱之、韓娥因曼聲哀哭、一里老幼悲愁垂涕、相對三日不食、遽而追之、娥還復爲曼聲長歌、一里老幼喜躍抃舞、弗能自禁、忘向之悲也、乃厚賂發之、故雍門之人至今善歌哭、放娥之遺聲、
逆旅を過る。逆旅の人之を辱かしむ。韓娥因りて曼聲*哀哭す。一里の老幼悲愁して涕を垂れ、相ひ對して三日食はず。遽かにして之を追ふ。蛾還りて復た爲に曼聲長歌す。一里の老幼喜躍抃舞*して自ら禁ずる能はず。向(さき)の悲しみを忘る。乃ち厚く賂(おく)りて之を發(や)る。故に雍門の人今に至るまで歌哭を善くするは、娥の遺聲に放へるなりと。
*曼聲、まんせい、声を長く引き延ばす。*抃舞、べんぶ、手を打ち舞い踊る。
伯牙善鼓琴、鍾子期善聽、伯牙鼓琴、志在登高山、鍾子期曰、善哉、峩峩兮若泰山、志在流水、鍾子期曰、善哉、洋洋兮若江河、伯牙所念、鍾子期必得之、
〔十二〕 伯牙(はくが)は善く琴を鼓し、鍾子期(しようしき)善く聽く。伯牙琴を鼓し、志高山に登るに在れば、鍾子期曰く、善いかな、峩峩兮(がゞけい)として泰山のごとしと。志流水に在れば、鍾子期曰く、善いかな、洋洋兮として江河のごとしと。伯牙の念ふ所、鍾子期必らず之を得たり。
伯牙游於泰山之陰、卒逢暴雨、止於巖下心悲、乃援琴而鼓之、初爲霖雨之操、更造崩山之音、曲毎奏、鍾子期輒窮其趣、伯牙乃舎琴而歎曰、善哉善哉、子之聽、夫志想象、猶吾心也、吾於何逃聲哉、
伯牙泰山の陰に游び、卒に暴雨に逢ひ、巖下に止まりて心悲しむ。乃ち琴を援きて之を鼓す。始め霖雨*の操*を爲り、更に崩山の音*を造る。曲奏する毎に、鍾子期輒ち其の趣きを窮む。伯牙乃ち琴を舎きて嘆じて曰く、善いかな善いかな、子の聽くや。夫の志の想象すること、猶ほ吾が心のごとし。吾れ何くに於てか聲を逃れんと。
*霖雨、りんう、長雨。*操、さう、琴の曲。
周穆王西巡狩越崑崙、至合†山反還、未及中國、道有國獻工人、名偃師、穆王薦之問曰、若有何能、偃師曰、臣唯命所試、然臣已有所造、願王先觀之、穆王曰、日以倶來、吾與若倶觀之、翌日偃師謁見王、王薦之曰、若與偕來者何人邪、對曰臣之所造能倡者、
†合の字、ほんとは合の下に廾。
〔十三〕 周の穆王、西に巡狩して崑崙を越え、合†山(えんざん)に至りて反還(かへ)る。未だ中國に及ばず、道に國有りて工人を獻ず。名は偃師(えんし)なり。穆王之を薦めて問ひて曰く、若ぢ何の能か有ると。偃師曰く、臣は唯だ命の試みる所のまゝなり。然れども臣已に造る所有り。願はくは王先づ之を觀よと。穆王曰く、日に*以て倶に來れ、吾れ若ぢと倶に之を觀んと。翌日偃師王に謁見す。王之を薦めて曰く、若ぢの與偕(とも)に來る者は何人ぞと。對へて曰く、臣の造る所の能く倡*する者なりと。
*日に、別日。*倡、しやう、芸人。
穆王驚視之、趨歩俯仰信人也、巧夫頁†其頤、則歌合律、捧其手則舞應節、千變萬化惟意所適、王以爲實人也、與盛姫内御竝觀之、技將終、倡者瞬其目而招王之左右侍妾、王大怒、立欲誅偃師、偃師大懾、立剖散倡者以示王、皆傅會革木膠漆白K丹之所爲、
†頁の字、ほんとは金へんに頁。
穆王驚きて之を視れば、趨歩俯仰(すうほふぎやう)信に人なり、巧夫其の頤を頁†(うご)かせば、則ち歌ひて律に合ひ、其の手を捧ぐれば則ち舞ひて節に應じ、千變萬化、唯だ意の適く所のまゝなり。王以て實人と爲し、盛姫*内御*と與に竝びて之を觀る。技將に終らんとするや、倡者其の目を瞬きて、王の左右の侍妾を招く。王大いに怒り、立(たちどこ)ろに偃師を誅せんと欲す。偃師大いに懾(おそ)れ、立ろに倡者を剖散*し以て王に示す。皆な革木膠漆(かくぼくかうしつ)、白K丹を傅會*して爲る所なり。
*盛姫、せいき、穆王寵愛の美女の名。*内御、ないぎよ、女御。*剖散、ぼうさん、分解してバラバラにする。*傅會、ふくわい、つけあわす。
王諦料之、内則肝膽心肺脾腎腸胃、外則筋骨支節皮毛齒髪皆假物也、而無不畢具者、合會復如初見、王試廢其心、則口不能言、廢其肝則目不能視、廢其腎則足不能歩、
王之を諦料*するに、内は則ち肝膽・心肺・脾腎・腸胃、外は則ち筋骨・支節・皮毛・齒髪、皆な假りの物なり。而して畢く具はらざる者無く、合會*すれば復た初め見るがごとし。王試みに其の心を廢すれば則ち口言ふ能はず、其の肝を廢すれば則ち目視る能はず、其の腎を廢すれば則ち足歩む能はず。
*諦料、ていれう、詳しく調べる。*合會、がふくわい、組み合わせる。
穆王始ス而歎曰、人之巧乃可與造化者同功乎、詔貳車載之以歸、夫班輸之雲梯、墨秩之飛鳶、自謂能之極也、弟子東門賈禽滑釐聞偃師之巧、以告二子、二子終身不敢語藝、而時執規矩、
†窒フ字、ほんとは窒フ下に隹。
穆王始めてスびて歎じて曰く、人の巧みなる乃ち造化者と功を同じくすべきかと。貳車*に詔して之を載せて歸る。夫の班輸*の雲梯*、墨秩の飛鳶*は、自ら能の極みと謂ふ。弟子の東門賈(とうもんか)・禽滑釐(きんこつり)は偃師の巧みを聞きて以て二子に告ぐ。二子終身敢て藝を語らず、時に規矩を執る。
*貳車、じじや、副え車。*班輸、はんしゆ、魯の工人。*雲梯、うんてい、高いはしご。*飛鳶、ひえん、木の凧。
甘蠅古之善射者、殼†弓而獸伏鳥下、弟子名飛衞、學射於甘蠅、而巧過其師、紀昌者又學射於飛衛、飛衛曰、爾先學不瞬、而後可言射矣、紀昌歸偃臥其妻之機下、以目承牽挺、三年之後、雖錐末倒眥而不瞬也、
†殼の字、ほんとは左下が几(のようなもの)でなく角。
〔十四〕 甘蠅(かんよう)は古の射を善くする者なり。弓を穀†(ひ)けば獸は伏(かく)れ鳥は下る。弟子名は飛衞(ひゑい)、射を甘蠅に學んで、巧みなること其の師に過ぐ。紀昌(きしやう)なる者、又た射を飛衞に學ぶ。飛衞曰く、爾ぢ先づ瞬(またゝ)かざることを學び、而る後に射を言ふべしと。紀昌歸りて其の妻の機(はた)の下に偃臥*し、目を以て牽挺*を承く。三年の後、錐末*眥(まなじり)に倒ると雖も瞬かず。
*偃臥、えんぐわ、仰臥。*牽挺、けんてい、機織りの踏み棒。*錐末、すゐまつ、錐の先。
以告飛衞、飛衞曰、未也、亜學視、而後可、視小如大、視微如著、而後告我、昌以釐†懸蝨於牘†、南面而望之、旬日之關Z大也、三年之後如車輪焉、以覩餘物皆丘山也、乃以燕角之弧朔蓬之幹†射之、貫蝨之心而懸*不絶、以告飛衞、飛衞高蹈拊膺曰、汝得之矣、
†釐の字、ほんとは下が里でなく毛。†牘の字、ほんとは右が賣でなく戸だれに甫。†幹の字、ほんとは竹かんむりに幹。
以て飛衞に告ぐ。飛衞曰く、未だし。亞(つぎ)に視を學びて、而る後に可なり。小を視ること大のごとく、微を見ること著のごとくにして、而る後に我に告げよと。昌釐†*を以て蝨(しらみ)を牘†(まど)に懸け、南面して之を望むに、旬日の閧ノして浸(やうや)く大なり。三年の後車輪のごとし。以て餘物を覩れば、皆な丘山(きうざん)のごとし。乃ち以て燕角の弧*・朔蓬の幹†*を以て之を射るに、蝨の心を貫きて懸*絶たず。以て飛衞に告ぐ。飛衞高蹈して膺(むね)を拊(う)ちて曰く、汝之を得たりと。
*釐†、り、細い毛。*燕角の弧、えんかくのゆみ、燕の国で作った角製の弓。*朔蓬の幹†、さくほうのやがら、朔北の地の蓬(よもぎ)で作ったやがら(矢の竹の部分)(の矢)。*懸、けん、懸けている細い毛。
紀昌既盡衞之術、計天下之敵己者一人而已、乃謀殺飛衞、相遇於野、二人交射、中路矢鋒相觸、而墜於地而塵不揚、飛衞之矢先窮、紀昌遺一矢、既發、飛衞以棘刺之端扞之而無差焉、於是二人泣而投弓、相拜於塗、請爲父子、剋臂以誓、不得告術於人、
紀昌既に衞の術を盡くし、天下の己に敵する者を計るに、一人のみ。乃ち飛衞を殺さんと謀る。野に相ひ遇ふ。二人交々射るに、中路にして矢鋒*相ひ觸れて、地に墜ち而かも塵揚がらず。飛衞の矢先づ窮(つ)く、紀昌一矢を遺す。既に發す。飛衞棘刺*の端を以て之を扞(ふせ)ぎて差(たが)ふこと無し。是に於て二子泣きて弓を投じ、塗に相ひ拜し、請ひて父子となり、臂(ひぢ)を剋(さ)して以て誓ひ、術を人に告ぐるを得ざらしむ。
*矢鋒、しほう、矢じり。*棘刺、きよくし、茨のとげ。
造父之師曰泰豆氏、造父之始從習御也、執禮甚卑、泰豆三年不告、造父執禮愈謹、乃告之曰、古詩言、良弓之子必先爲箕、良冶之子必先爲裘、汝先觀吾趣、趣如吾然後六轡可持、六馬可御、造父曰、唯命所從、
〔十五〕 造父*の師を泰豆氏(たいとうし)と曰ふ。造父の始め從ひて御を習ふや、禮を執ること甚だ卑くす。泰豆三年告げず、造父禮を執ること愈々謹しむ。乃ち之に告げて曰く、古詩に言ふ、良弓*の子は必らず先づ箕(み)を爲り、良冶*の子は必らず先づ裘*を爲ると。汝ぢ先づ吾が趣(はし)るを觀よ。趣ること吾がごとくにして然る後に六轡*持すべく、六馬御すべしと。造父曰く、唯だ命の從がふる所のまゝなりと。
*造父、ざうほ、周の穆王の御者。*良弓、りやうきう、よい弓師。*良冶、りやうや、よい鍛冶屋。*裘、きう、皮衣。*轡、ひ、手綱。
泰豆乃立木爲塗、僅可容足、計歩而置、履之而行、趣走往還無跌失也、造父學之三日盡其巧、泰豆歎曰、子何其敏也、得之捷乎、
泰豆乃ち木を立てゝ塗(みち)と爲す。僅かに*足を容るゝ可(ばかり)にし、歩を計へて置く。之を履みて行き、趣走往還(しゆそうわうくわん)するに、跌失*無し。造父之を學ぶこと三日にして其の巧を盡くす。泰豆歎じて曰く、子何ぞ其れ敏なる。之を得るの捷きや。
*僅かに……、木の太さをやっと片足が載る程度にする。*跌失、てつしつ、躓いたり踏み外したり。
凡所御者亦如此也、曩汝之行、得之於足、應之於心、推於御也、齊輯乎轡銜之際、而急緩乎脣吻之和、正度乎胸臆之中、而執節乎掌握之閨A内得於中心、而外合於馬志、
凡そ御する所の者も亦た此のごとし。曩に汝ぢの行くや、之を足に得て、之を心に應ず。御に推すに、轡銜*の際に*齊輯*して、脣吻(しんふん)の*和を急緩し、度を胸臆の中に正して、節を掌握の閧ノ執り、内は中心に得て、外は馬の志に合(かな)ふ。
*轡銜、ひかん、手綱とくつわ。*乎=於。*齊輯、せいしふ、調えあつめる。*脣吻の……、馬の口の具合をしめたりゆるめたり。
是故能進退履縄、而旋曲中規、取道致遠而氣力有餘、誠得其術也、得之於銜應之於轡、得之於轡應之於手、得之於手應之於心、則不以目視、不以策驅、心閑體正、六轡不亂而二十四褫†所投無差、廻旋進退莫不中節、
†褫の字、ほんとは衣へんでなく足へん。
是の故に能く進退は*繩を履み、旋曲は規に中り、道を取り遠きを致して氣力餘り有るは、誠に其の術を得ればなり。之を銜に得て之を轡に應じ、之を轡に得て之を手に應じ、之を手に得て之を心に應ずれば、則ち目を以て視ず、策(むち)を以て驅らず、心閑(しづか)に體正しく、六轡亂れずして二十四褫†*の投ずる所差(たが)ふこと無く、廻旋進退節に中らざるは莫し。
*進退は……、進退は墨縄をあてたように真っ直ぐで、旋回はぶんまわしで描いたように丸い。*二十四褫†、にじふしてい、六馬の二十四のひづめ。
然後輿輪之外可使無餘轍、馬褫†之外可使無餘地、未嘗覺山谷之險原隰之夷、視之一也、吾術窮矣、汝其識之、
†褫の字、ほんとは衣へんでなく足へん。
然る後、輿輪の*外餘轍無からしむべく、馬褫†の外餘地なからしむべく、未だ嘗て山谷の嶮しきと原隰*の夷(たいらか)とを覺えず、之を視ること一なり。吾が術窮(つ)きたり。汝ぢ其れ之を識せと。
*輿輪の……、車の輪・馬の蹄の踏むところ以外の地面は不要。*原隰、げんじふ、草原や湿地。
魏K卵以昵嫌殺丘丙†章、丘丙†章之子來丹、謀報父之讎、丹氣甚猛形甚露、計粒而食、順風而趨、雖怒不能稱兵以報之、恥假力於人、誓手劒以屠K卵、K卵悍志絶衆、力抗百夫、筋骨皮肉非人類也、延頸承刃、披胸受矢、鋩鍔摧屈而體無傷撻、
†丙の字、ほんとは丙におおざと。
〔十六〕 魏のK卵(こくらん)、昵嫌*を以て丘丙†章(きうへいしやう)を殺す。丘丙†章の子來丹(らいたん)、父の讎を報いんと謀る。丹は氣甚だ猛きも形甚だ露*なり。粒を*計りて食ひ、風に*順ひて趨る。怒ると雖も兵を稱(あ)げて以て之に報ゆる能はず。力を人に假るを恥ぢ、劒を手にして以てK卵を屠らんと誓ふ。K卵は悍志*衆に絶(すぐ)れ、力百夫に抗す。筋骨皮肉人の類に非ず。頸を延ベて刃を承け、胸を披(ひら)きて矢を受くるに、鋩鍔*摧屈*して體に痕撻*無し。
*昵嫌、ぢつけん、私怨。*露、ろ、はかない。*粒を……、ご飯粒も一つ一つ数えて食べる。*風に……、風に吹かれると飛んでゆく。*悍志、かんし、気が荒い。*鋩鍔、ばうがく、刃物の先。*摧屈、さいくつ、砕け折れる。*痕撻、こんたつ、傷痕。
負其材力、視來丹猶雛殼†也、來丹之友申他曰、子怨K卵至矣、K卵之易子過矣、將奚謀焉、來丹垂涕曰、願子爲我謀、申他曰、吾聞、衞孔周其祖得殷帝之寶劒、一童子服之、卻三軍之衆、奚不請焉、
†殼の字、ほんとは左下が几(のようなもの)でなく鳥。
其の材力*を負(たの)みて來丹を視ること、猶ほ雛殼†*のごとし。來丹の友申他(しんた)曰く、子K卵を怨むや至れり。K卵の子を易(あなど)ること過きたり。將に奚に謀らんとすると。來丹涕を垂れて曰く、願はくは子我が爲めに謀れと。申他曰く、吾れ聞く、衞の孔周(こうしう)は其の祖殷帝の寶劒を得たり。一童子之を服(お)ぶれば、三軍の衆をも卻くと、奚ぞ請はざると。
*材力、ざいりよく、才力。*雛殼†、すうこう、雛鳥。
來丹遂適衞見孔周、執僕御之禮、請先納妻子、後言所欲、孔周曰、吾有三劒、唯子所擇、而皆不能殺人、且先言其状、一曰含光、視之不可見、運之不知有、其所觸也泯然無際、經物而物不覺、
來丹遂に衞に適き孔周に見えて、僕御の禮を執り、請ひて先づ妻子を納れ、後に欲する所を言ふ。孔周曰く、吾に三劒有り。惟だ子の擇ぶ所のまゝなり。而して皆な人を殺す能はず。且らく先づ其の状を言はん。一を含光(がんくわう)と曰ふ。之を視て見るべからず。之を運らして其の有るを知らず。其の觸るゝ所は泯然*として際無く、物を經て物覺えず。
*泯然、びんぜん、はっきりしない。
二曰承影、將旦昧爽之交、日夕昏明之際、北面而察之、淡淡焉若有物存、莫識其状、其所觸也竊竊然有聲、經物而物不疾也、三曰宵練、方畫則見影而不見光、方夜見光而不見形、其觸物也蚌†然而過、随過随合、覺疾而不血刃焉、
†蚌の字、ほんとは虫へんでなく馬へんで右下に石。
二を承影(しようえい)と曰ふ。將旦*昧爽の交、日夕*昏明の際、北面して之を察るに、淡淡焉として物有りて存するがごときも、其の状を識る莫し。其の觸るゝ所は竊竊然*として聲有り。物を經て物疾(いた)まず。三を宵練(せうれん)と曰ふ。晝に方りては則ち影を*見て光を見ず、夜に方りては、光を見て形を見ず。其の物に觸るゝや蚌†然*として過ぎ、随ひて過ぐれば随ひて合ふ、疾みを覺えて刃に血(ちぬ)らず。
*將旦、しやうたん、夜明け。*日夕、につせき、夕暮れ。*竊竊然、せつせつぜん、かすかなさま。*影を……、光は日の光と同じだから見えない。*蚌†然、くわくぜん、かくっと。
此三寶者傳之十三世矣、而無施於事、匣而藏之、未嘗啓封、來丹曰、雖然、吾必請其下者、孔周乃歸其妻子、與齋七日、晏陰之閨A跪而授其下劒、來丹再拜受之以歸、來丹遂執劒從K卵、時K卵之醉偃於牘†下、自頸至腰三斬之、K卵不覺、來丹以K卵之死、趣而退、
†牘の字、ほんとは右側が賣でなく戸だれに甫。
此の三寶は之を傳ふること十三世なるも、而かも事に施せることなく匣*して之を藏し、未だ嘗て封を啓かずと。來丹曰く、然りと雖も、吾れ必らず其の下なる者を請はんと。孔周乃ち其の妻子を歸し、與に齋すること七日、晏陰*の閨A跪きて其の下劒を授く。來丹再拜して之を受けて以て歸る。來丹遂に劒を執りてK卵を從(お)ふ。K卵の醉ひて牘†下(ようか)に偃(ふ)せるを時とし、頸より腰に至るまで三たび之を斬る。K卵覺らず。來丹K卵を死せりと以ひ、趨りて退く。
*匣、かふ、箱。*晏陰、あんいん、半ば晴れ半ば曇り。
遇K卵之子於門、撃之三下、如投虚、K卵之子方笑曰、汝何蚩而三招予、來丹知劒之不能殺人也、歎而歸、K卵既醒、怒其妻曰、醉而露我、使我u†疾而腰急、其子曰、疇昔來丹之來、遇我於門、三招我、亦使我體疾而支彊、彼其厭我哉、
†uの字、ほんとは口へんにu。
K卵の子に門に遇ふ。之を撃つこと三下、虚に投ずるがごとし。K卵の子方(おほ)いに笑ひて曰く、汝ぢ何を蚩(あざけ)りてか三たび予を招くと。來丹劒の人を殺す能はざるを知り、歎じて歸る。K卵既に醒め、其の妻に怒りて曰く、醉へるに我を露はにし、我をしてu†(のど)疾みて腰急*ならしむと。其の子曰く、疇昔(さきに)來丹の來るや、我に門に遇ひ、三たび我を招きて、亦た我をして體疾みて支*彊(こは)ばらしむ、彼れ其れ我を厭*せしにやと。
*急、きふ、引きつる。*支、し、手足。*厭、えふ、まじなう。
周穆王大征西戎、西戎獻昆†吾†之劒火浣之布、其劒長尺有咫、練鋼赤刃、用之切玉、如切泥焉、火浣之布、浣之必投於火、布則火色、垢則布色、出火而振之、皓然疑乎雪、皇子以爲、無此物、傳之者妄、蕭叔曰、皇子果於自信、果於誣理哉、
†昆の字、ほんとは金へんに昆。†吾の字、ほんとは金へんに吾。
〔十七〕 周の穆王、大いに西戎を征す。西戎昆†吾†(こんご)の劒・火浣(くわくわん)の布を獻ず。其の劒長さ尺有咫*、練鋼赤刃(れんかうせきじん)にして、之を用て玉を切るに、泥を切るがごとし。火浣の布、之を浣(あら)ふには必らず火に投ず。布は則ち火色、垢は則ち布色となる。火より出して之を振へば、皓然*として雪かと疑(まが)ふ。皇子*以爲らく、此の物無し。之を傳ふる者の妄*なりと。蕭叔(せうしゆく)曰く、皇子は自ら信ずるに果*にして、理を誣ふるに果なるかなと。
*尺有咫、しやくいうし、一尺八寸(咫は八寸)。*皓然、かうぜん、まっしろ。*皇子、後にこの話を聞いたある皇子。*妄、もう、でたらめ。*果、くわ、果敢。