説符第八
子列子學於壷丘子林、壷丘子林曰、子知持後、則可言持身矣、列子曰、願聞持後、曰顧若影、則知之、列子顧而觀影、形枉則影曲、形直則影正、然則枉直随形而不在影、屈伸任物而不在我、此之謂持後而處先、
〔一〕子列子壷丘子林に學ぶ。壷丘子林曰く、子後を持するを知らば、則ち身を持するを言ふべしと。列子曰く、願はくは後を持するを聞かんと。曰く、若ぢの影を顧みれば、則ち之を知らんと。列子顧みて影を觀るに、形枉(まが)れば則ち影曲り、形直ければ則ち影正し。然らば則ち、枉直(わうちよく)は形に随ひて影に在らず。屈伸は物に任じて我に在らず。此れを後を持して先に處ると謂ふ。
關尹謂子列子曰、言美則響美、言惡則響惡、身長則影長、身短則影短、名也者響也、身也者影也、故曰、愼爾言、將有和之、愼爾行、將有随之、是故聖人見出以知入、觀往以知來、此其所以先知之理也、度在身、稽在人、人愛我、我必愛之、人惡我、我必惡之、
〔二〕 關尹子列子に謂ひて曰く、言美なれば則ち響(ひゞき)美に、言惡しければ則ち響惡し。身(たけ)長ければ則ち影長く、身短かければ則ち影短かし。名なる者は響なり、身なる者は影なり。故に曰く、爾の言を愼め、將に之に和する有らんとす。爾の行ひを愼め、將に之に随ふ有らんとすと。是の故に聖人は出づるを見て以て入るを知り、往を觀て以て來を知る。此れ其の先づ知る所以の理なり。度(はか)るは身に在り、稽(かんが)ふるは人に在り。人我を愛すれば我れ必らず之を愛し、人我を惡めば我れ必らず之を惡む。
湯武愛天下、故王、桀紂惡天下、故亡、此所稽也、稽度皆明而不道也、譬之、出不由門、行不從徑也、以是求利、不亦難乎、嘗觀之~農有炎之コ、稽之虞夏商周之書、度ゥ法士賢人之言、所以存亡廢興而非由此道者、未之有也、
湯・武は天下を愛す。故に王たり。桀・紂は天下を惡む。故に亡ぶ。此れ稽ふる所なり。稽度(けいたく)皆な明なるも道(よ)らざるは、之を譬ふれば、出づるに門に由らず、行くに徑に從らざるなり。是を以て利を求むるも、亦た難からずや。嘗みに之を~農・有炎*のコに觀、之を虞*・夏・商*・周の書に稽ヘ、ゥを法士*・賢人の言に度るに、存亡廢興する所以にして此の道に由るに非ざる者は、未だ之れ有らざるなりと。
*有炎、いうえん、炎帝(~農の別名)。*虞、ぐ、虞書(堯典・舜典その他)。*商、しやう、商書は殷の時代のことを書いた部分。*法士、はふし、禮法の士。
嚴恢曰、所爲問道者、爲富、今得珠亦富矣、安用道、子列子曰、桀紂唯重利而輕道、是以亡、幸哉、余未汝語也、人而無義唯食而已、是鶏狗也、彊食靡角、勝者爲制、是禽獸也、爲鶏狗禽獸矣、而欲人之尊己、不可得也、人不尊己、則危辱及之矣、
〔三〕 嚴恢(げんくわい)曰く、道を問ふ所爲(ゆゑん)の者は、富の爲めなり。今珠を得ば亦た富まん。安んぞ道を用ひんやと。子列子曰く、桀・紂は唯だ利をのみ重んじて道を輕んず。是を以て亡べり。幸なるかな、余未だ汝ぢに語らず。人にして義無く唯だ食ふのみならば、是れ鶏狗なり。彊ひて食ひ靡(とも)に角(あらそ)ひ、勝つもの制を爲すは是れ禽獸なり。鶏狗禽獸たるを爲し、而して人の己を尊ぶを欲するも、得べからず。人己を尊ばざれば、則ち危辱之に及ぶと。
列子學射中矣、請於關尹子、關尹子曰、子知子之所以中者乎、對曰、弗知也、關尹子曰、未可、退而習之三年、又以報關尹子、關尹子曰、子知子之所以中乎、列子曰、知之矣、關尹子曰、可矣、守而勿失也、非獨射也、爲國與身亦皆如之、故聖人不察存亡、而察其所以然、
〔四〕 列子射を學んで中たる。關尹子に請ふ。關尹子曰く、子は子の中たる所以の者を知るかと。對へて曰く、知らずと。關尹子曰く、未だ可ならずと。退きて之を習ふこと三年。又た以て關尹子に報ず。關尹子曰く、子は子の中たる所以を知るかと。列子曰く、知ると。關尹子曰く、可なり。守りて失ふ勿かれ。獨り射のみに非らず、國と身とを爲むるも亦た皆な之のごとし。故に聖人は存亡を察せずして、其の然る所以を察す。
列子曰、色盛者驕、力盛者奮、未可以語道也、故不斑白語道失、而況行之乎、故自奮則人莫之告、人莫之告、則孤而無輔矣、賢者任人、故年老而不衰、智盡而不亂、故治國之難在於知賢、而不在自賢、
〔五〕 列子曰く、色*盛んなる者は驕り、力盛んなるものは奮(ふる)ふも、未だ以て道を語るべからず。故に班白*ならざるには道を語るすら失す、而るを況んや之を行ふをや。故に自ら奮へば則ち人之に告ぐる莫し。人之に告ぐる莫ければ、則ち孤にして輔無し。賢者は人に任ず。故に年老いて衰へず、智盡きて亂れず。故に國を治むるの難きは賢を知るに在りて、自ら賢とするに在らずと。
*色、いろ、容色。*班白、はんぱく、白髪まじり。
宋人有爲其君以玉爲楮葉者、三年而成、豐殺莖柯、毫芒繁澤、亂之楮葉中而不可別也、此人遂以巧食宋國、子列子聞之曰、使天地之生物三年而成一葉、則物之有葉者寡矣、故聖人恃道化而不恃智巧、
〔六〕 宋人其の君の爲めに玉を以て楮葉*を爲る者有り。三年にして成る。豐殺*・莖柯*・毫芒*・繁澤*、之を楮葉中に亂せば別つべからず。此の人遂に巧なるを以て宋國に食む。子列子之を聞きて曰く、天地の物を生ずるに三年にして一葉を成さしめば、則ち物の葉有る者寡からん。故に聖人は道化を恃みて智巧を恃まずと。
*楮葉、ちよえふ、こうぞの葉。*豐殺、ほうさい、葉のふくらみや尖った葉先。*莖柯、けいか、茎や枝。*毫芒、がうばう、細毛やのぎ。*繁澤、はんたく、光沢。
子列子窮、容貌有飢色、客有言之於鄭子陽者、曰列禦寇蓋有道之士也、居君之國而窮、君無乃爲不好士乎、鄭子陽即令官遺之粟、子列子出見使者、再拜而辭、使者去、子列子入、
〔七〕 子列子窮し、容貌飢ゑたる色有り。客の之を鄭の子陽に言ふ者有あり。曰く列禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君は無乃(むしろ)士を好まざるを爲すやと。鄭の子陽即ち官をして之に粟を遺らしむ。子列子出でゝ使者を見、再拜して辭す。使者去り、子列子入る。
其妻望之而拊心曰、妾聞、爲有道者之妻子皆得佚楽、今有飢色、君過而遺先生食、先生不受、豈不命也哉、子列子笑謂之曰、君非自知我也、以人之言而遺我粟、至其罪我也、又且以人之言、此吾所以不受也、其卒、民果作難而殺子陽、
其の妻之を望みて心(むね)を拊ちて曰く、妾聞く、有道者の妻子と爲れば皆な佚樂を得と。今飢ゑたる色あり、君過てりとして先生に食を遺る。先生受けず。豈に*命に不(非)らずやと。子列子笑ひて之に謂ひて曰く、君自から我を知るに非らず。人の言を以て我に粟を遺る。其の我を罪するに至るも、又た且に人の言を以てせんとす。此れ吾が受けざる所以なりと。其の卒りに、民果して難*を作して子陽を殺せり。
*豈不命也哉、これが私の運命なのね。*難、なん、叛乱。
魯施氏有二子、其一好學、其一好兵、好學者以術干齊侯、齊侯納之、以爲ゥ公子之傅、好兵者之楚以法干楚王、王ス之以爲軍正、祿富其家、爵榮其親、施氏之鄰人孟氏同有二子、所業亦同而窘於貧、羨施氏之有、因從請進趨之方、二子以實告孟氏、
〔八〕 魯の施氏(しし)に二子有り。其の一は學を好み、其の一は兵を好む。學を好む者は術を以て齊侯に干(もと)む。齊侯之を納れ、以てゥ公子の傅*と爲す。兵を好む者は楚に之き、法*を以て楚王に干む。王之をスび、以て軍正*と爲す。禄は其の家を富まし、爵は其の親*を榮へしむ。施氏の鄰人孟氏に同じく二子有り。業*とする所も亦た同じくして貧に窘(くる)しむ。施氏の有を羨み、因りて從ひて進趨*の方を請ふ。二子實を以て孟氏に告ぐ。
*傅、ふ、守り役。*法、はふ、兵法。*軍正、ぐんせい、いくさ目付け。*親、しん、親族。*業、げふ、学業。*進趨、しんすう、出世。
孟氏之一子之秦、以術干秦王、秦王曰、當今ゥ侯力爭、所務兵食而已、若用仁義治吾國、是滅亡之道、遂宮而放之、
孟氏の一子は秦に之き、術*を以て秦君に干む。秦王曰く、當今ゥ侯は力もて爭ひ、務むる所は兵食*のみ。仁義を用ひて吾が國を治むるがごときは、是れ滅亡の道なりと。遂に宮*して之を放つ。
*術、じゆつ、学術。*兵食、へいしよく、兵法と食糧。*宮、きう、去勢の刑。
其一子之衛、以法干衛侯、衛侯曰、吾弱國也、而攝乎大國之閨A大國吾事之、小國吾撫之、是求安之道、若ョ兵權滅亡可待矣、若全而歸之、適於他國爲吾之患不輕矣、遂月†之而還ゥ魯、
†月の字、ほんとは月にりっ刀。
其の一子は衞に之き、法*を以て衞侯に干む。衞侯曰く、吾は弱國なり。而して大國の閧ノ攝*す。大國は吾れ之に事ヘ、小國は吾れ之を撫*す。是れ安きを求むるの道なり。若し兵權*にョらば滅亡待つべし。若し全くして之を歸さば、他國に適きて吾が患と爲ること輕からずと。遂に之を月†してゥを魯に還す。
*法、はふ、兵法。*攝、せつ、はさまれている。*撫、ぶ、手なずける。*兵權、へいけん、武力。*月†、げつ、足切りの刑。
既反、孟氏之父子叩胸而讓施氏、施氏曰、凡得時者昌、失時者亡、子道與吾同、而功與吾異、失時者也、非行之謬也、
既に反る。孟氏の父子、胸を叩きて施氏を讓(せ)む。施氏曰く、凡そ時を得る者は昌(さか)え、時を失ふ者は亡ぶ。子の道吾れと同じくして、功は吾れと異なるは、時を失へばなり、行の謬りに非らざるなり。
且天下理無常是、事無常非、先日所用今或棄之、今之所棄後或用之、此用與不用、無定是非也、投隙抵時、應事無方屬乎智、智苟不足、使若博如孔丘、術如呂尚、焉往而不窮哉、孟氏父子舎然無慍容曰、吾知之矣、子勿重言、
且つ天下の理には常の是無く、事には常の非無し。先日用ふる所も今或ひは之を棄て、今の棄つる所も後或ひは之を用ふ。此れ用と不用と、定まれる是非無し。隙(をり)に投じ時に抵(あた)り、事に應じて方無き*は智に屬す。智苟くも足らざれば、若ぢをして博*は孔丘のごとく、術*は呂尚*のごとくならしむとも、焉くに往くとして窮せざらんやと。孟氏父子舎然*として慍(いか)れる容無くして曰く、吾れ之を知れり、子重ねて言ふ勿れと。
*方無き、(名人に)定跡なし。*博、はく、博学。*術、じゆつ、術策。*呂尚、りよしやう、太公望。*舎然、せきぜん、釈然。
晉文公出會、欲伐衞、公子鋤仰天而笑、公問、何笑、曰臣笑鄰之人、有送其妻適私家者、道見桑婦、ス而與言、然顧視其妻、亦有招之者矣、臣竊笑此也、公寤其言乃止、引師而還、未至、而有伐其北鄙者矣、
〔九〕 晉の文公*出でて會し*、衞を伐たんと欲す。公子鋤(じよ)天を仰ぎて笑ふ。公問ふ、何を笑ふと。曰く臣は鄰の人に其の妻の私家*に適くを送る者有るを笑へり。道に桑婦*を見、スびて與に言ふ。然して顧みて其の妻を視れば、亦た之を招く者有り。臣竊かに此れを笑ふなりと。公其の言を寤(さと)りて乃ち止め、師*を引きて還る。未だ至らざるに、其の北鄙*を伐つ者有り。
*晉の文公、春秋五覇の一人(名は重耳)。*出でて會す、国外に出向いて諸侯と会合する。*私家、しか、実家。*桑婦、さうふ、桑つみ女。*師、し、軍隊。*北鄙、ほくひ、北辺。
晉國苦盗、有郤雍者、能視盗之貌、察其眉睫之闔ァ得其情、晉侯使視盗、千百無遺一焉、晉侯大喜告趙文子曰、吾得一人而一國盗爲盡矣、奚用多爲、文子曰、吾君恃伺察而得盗、盗不盡矣、且郤雍必不得其死焉、俄而羣盗謀曰、吾所倶窮者郤雍也、遂共盗而殘之、
〔十〕 晉國盗に苦しむ。郤雍(げきよう)なる者有あり。能く盗の貌を視、其の眉睫*の閧察して、其の情*を得。晉侯盗を視しむるに、千百に一をも遺す無し。晉侯大いに喜びて趙文子*に告げて曰く、吾れ一人を得て一國の盗爲めに盡きんとす。奚ぞ多くを用ふるを爲さんと。文子曰く、吾が君伺察*を恃みて盗を得るとも、盗盡きず。且つ郤雍必らず其の死を得ずと。俄にして群盗謀りて曰く、吾が倶に窮する所の者は郤雍なりと。遂に共に盗みて之を殘*す。
*眉睫、びせふ、まゆとまつげ。*情、じやう、実情。*趙文子、てうぶんし、晉の大夫。*伺察、しさつ、目利き。*殘、ざん、殺す。
晉侯聞而大駭、立召文子而告之曰、果如子言、郤雍死矣、然取盗何方、文子曰、周諺有言、察見淵魚者不、智料隱匿者有殃、且君欲無盗、莫若擧賢而任之、使ヘ明於上、化行於下、民有恥心、則何盗之爲、於是用随會知政、而羣盗奔秦焉、
晉侯聞きて大いに駭(おどろ)き、立ちどころに文子を召し之に告げて曰く、果して子の言のごとし。郤雍死せり。然らば盗を取るに何の方かあると。文子曰く、周の諺に言ふ有り、察にして淵魚を見る者は不なり、智にして隱匿*を料(はか)る者は殃(わざはひ)有りと。且つ君盗無からんと欲せば、賢を擧げて之に任ずるに若くは莫し。ヘをして上に明かに、化をして下に行はれ、民をして恥心有らしめば、則ち何の盗をか之れ爲さんと。是に於て随會*を用ひて政を知(つかさど)らしむ。而して群盗秦に奔れり。
*隱匿、いんとく、心に隠している秘密。*随會、ずゐくわい、晉の大夫(范武士ともいう)。
孔子自衞反魯、息駕乎河梁而觀焉、有懸水三十仞、圜流九十里、魚鼈弗能游、黽†哭†弗能居、有一丈夫、方將飼V、孔子使人竝涯止之曰、此懸水三十仞、圜流九十里、魚鼈弗能游、黽†哭†弗能居也、意者難可以濟乎、丈夫不以錯意、遂度而出、
†黽の字、ほんとは元の下に黽。†哭の字、ほんとは下が犬でなく田の下に一の下に黽。
〔十一〕 孔子衞より魯に反り、駕を河梁*に息(やす)めて觀る。懸水*有り三十仞、圜流*九十里、魚鼈*も游ぐこと能はず、黽†哭†*も居ること能はず。一丈夫有り、方に將に之を氏iわた)らんとす。孔子人をして涯(きし)に竝んで之を止めて曰く、此の懸水三十仞、圜流九十里。魚鼈も游ぐ能はず、黽†哭†も居る能はず。意(おも)ふに以て濟(わた)るべきに難からんかと。丈夫以て意を錯(お)かず、遂に度(わた)りて出づ。
*河梁、かりやう、川の橋。*懸水、けんすゐ、滝。*圜流、ゑんりう、渦巻き流れる。*魚鼈、ぎよべつ、魚やすっぽん。*黽†哭†、げんだ、大すっぽんやわに。
孔子問之曰、巧乎、有道術乎、所以能入而出者何也、丈夫對曰、始吾之入也、先以忠信、及吾之出也、又從以忠信、錯吾躯於波流、而吾不敢用私、所以能入而復出者以此也、孔子謂弟子曰、二三子識之、水且猶可以忠信誠身親之、而況人乎、
孔子之に問ひて曰く、巧なるかな、道術あるか。能く入りて出づる所以の者は何ぞやと。丈夫對へて曰く、始め吾が入るや、先づ忠信を以てし、吾が出づるに及びてや、又た從ふに忠信を以てす。吾が躯を波流に錯(お)きて、吾れ敢て私を用ひず。能く入りて復た出づる所以の者は此を以てなりと。孔子弟子に謂ひて曰く、二三子之を識せ。水すら且つ猶ほ忠信を以て身を誠にして之に親しむべし、而るを況んや人をやと。
白公問孔子曰、人可與微言乎、孔子不應、白公問曰、若以石投水何如、孔子曰、呉之善沒者能取之、曰若以水投水何如、孔子曰、輜†黽†之合易牙嘗而知之、
†輜の字、ほんとは車へんでなくさん水。†黽の字、ほんとはさん水に黽。
〔十二〕 白公*孔子に問ひて曰く、人は與に微言*すべきかと。孔子應へず。白公問ひて曰く、若し石を以て水に投ぜば何如と。孔子曰く、呉の沒*を善くする者能く之を取ると。曰く若し水を以て水に投ぜば何如と。孔子曰く、輜†黽†の合*は易牙*嘗めて之を知る*と。
*白公、はくこう、楚の平王の孫。*微言、びげん、密謀。*沒、ぼつ、潜水。*輜†黽†の合、輜†(し)水と黽†(じよう)水の合流した水。*易牙、えきが、齊の桓公に仕えた料理の名人。*嘗而知之、嘗め分ける。
白公曰、人故不可與微言乎、孔子曰何爲不可、唯知言之謂者乎、夫知言之謂者、不以言言也、爭魚者濡、逐獸者趨、非樂之也、故至言去言、至爲無爲、夫淺知之所爭者末矣、白公不得也、遂死於浴室、
白公曰く、人は故(もと)より與に微言すべからざるかと。孔子曰く、何爲れぞ不可ならん。唯だ言の謂を知る者のみか。夫れ言の謂を知る者は、言を以て言はざるなり。魚を爭ふ者は濡れ、獸を逐ふ者は趨る。之を樂しむに非ざるなり。故に至言は言を去り、至爲は爲す無し。夫の淺知の爭ふ所の者は末なりと。白公得ず*。遂に*浴室に死す。
*得ず、孔子のいうところが意味不明で理解できなかった。*遂に……、乱を起こし浴室で殺された。
趙襄子使新稚穆子攻秩、勝之、取左人中人、使遽人謁之、襄子方食、而有憂色、左右曰、一朝而兩城下、此人之所喜也、今君有憂色何也、襄子曰、夫江河之大也、不過三日、飄風暴雨不終朝、日中不出須臾、今趙氏之コ行無所施於積、一朝而兩城下、亡其及我哉、
†窒フ字、ほんとは窒フ下に隹。
〔十三〕 趙襄子(てうじやうし)新稚穆子(しんちぼくし)をして秩*を攻めしむ。之に勝ちて、左人・中人*を取り、遽人*をして之を謁げしむ。襄子方に食す、而して憂色有り。左右曰く、一朝にして兩城下る。此れ人の喜ぶ所なり。今君に憂色有るは何ぞやと。襄子曰く、夫の江河の大*なるは、三日を過ぎず、飄風*・暴雨は朝を終へず、日の中するは須臾を出でず。今趙氏のコ行積むに*施す所無きに、一朝にして兩城下る。亡ぶること其れ我に及ばんかなと。
*秩、てき、北狄。*左人・中人、さじん・ちうじん、秩の地名。*遽人、きよじん、早馬の使者。*大、だい、氾濫(黄河や揚子江が氾濫しても三日とは続かない)。*飄風、へうふう、大風。*無所施於積、徳を積むために行うところが無い。
孔子聞之曰、趙氏其昌乎、夫憂者所以爲昌也、喜者所以爲亡也、勝非其難者也、持之其難者也、賢主以此持勝、故其福及後世、齊楚呉越皆嘗勝矣、然卒取亡焉、不達乎持勝也、唯有道之主爲能持勝、
孔子之を聞きて曰く、趙子其れ昌えんか。夫れ憂ふるは昌ゆるを爲す所以なり、喜ぶは亡ぶるを爲す所以なり。勝つは其の難き者に非らず、之を持するは其の難き者なり。賢主は此を以て勝を持す。故に其のl辮「に及ぶ。齊・楚・呉・越皆な嘗て勝てり。然も卒(つひ)に亡ぶるを取るは、勝を持するに達せざればなり。唯だ有道の主のみ能く勝を持するを爲すと。
孔子之勁能拓國門之關、而不肯以力聞、墨子爲守攻公輸般服、而不肯以兵知、故善持勝者以強爲弱、
孔子の勁*能く國門の關を拓(ひら)けども、肯て力を以て聞えず。墨子攻むるを守るを爲して*公輸般(こうしゆはん)服すれども、肯て兵を以て知られず。故に善く勝を持する者は、強を以て弱と爲す。
*勁、けい、剛力。*爲守攻、公輸般の攻撃を守り通して勝った。
宋人有好行仁義者、三世不懈、家無故K牛生白犢、以問孔子、孔子曰、此吉也、以薦上帝、居一年、其父無故而盲、其牛又復生白犢、其父又復令其子問孔子、其子曰、前問之而失明、又何問乎、父曰聖人之言先午†後合、其事未究、姑復問之、
†午の字、ほんとは午に進にゅう。
〔十四〕 宋人に好んで仁義を行ふ者有り。三世懈(おこた)らず。家故(ゆゑ)無くしてK牛白犢*を生む。以て孔子に問ふ。孔子曰く、此れ吉なり。以て上帝に薦めよ*と。居ること一年にして、其の父故無くして盲(まう)し、其の牛又た復た白犢を生む。其の父又た復た其の子をして孔子に問はしむ。其の子曰く、前に之を問ひて明を失す。又た何ぞ問はんやと。父曰く、聖人の言は先に午†(たが)ふも後に合ふ。其の事未だ究まらず、姑く復た之を問へと。
*白犢、はくとく、白い子牛。*薦上帝、天帝に供える。
其子又復問孔子、孔子曰、此吉也、復ヘ以祭、其子歸致命、其父曰、行孔子之言也、居一年、其子又無故而盲、其後楚攻宋、圍其城、民易子而食之、析骸而炊之、丁壮者皆乗城而戰、死者大半、此人以父子有疾皆免、及圍解、而盲疾倶復、
其の子又た復た孔子に問ふ。孔子曰く、吉なりと。復た以て祭ら*しむ。其の子歸りて命を致す。其の父曰く、孔子の言を行はんと。居ること一年にして、其の子又た故無くして盲す。其の後楚宋を攻め、其の城を圍む。民子を易へて之を食ひ、骸(ほね)を析(さ)きて之を炊ぎ、丁壯なる者は皆な城に乗(のぼ)りて戰ひ、死するもの大半なり。此の人父子疾有るを以て皆な免る。圍み解くるに及びて、盲疾倶に復す。
*祭、天帝に供える。
宋有蘭子者、以技干宋元君、宋元君召而使見其技、以雙枝長倍其身、屬其脛、竝趨竝馳、弄七劒迭而躍之、五劒常在空中、元君大驚、立賜金帛、
〔十五〕 宋に蘭子(らんし)なる者有り。技を以て宋の元君に干(もと)む。宋の元君召して其の技を見(しめ)さしむ。雙枝*の長さ其の身に倍せるを以て、其の脛(すね)に屬(つ)ぎ*、竝びに趨(はし)り竝びに馳(は)す*。七劒を弄して迭(かはるがはる)之を躍らせ、五劒は常に空中に在り。元君大いに驚き、立どころに金帛を賜ふ。
*雙枝、さうし、二本の棒。*屬其脛、膝から下のところに縛り付ける。*竝趨竝馳、小走りに急いだり速く走ったりする。
又有蘭子能燕戲者、聞之復以干元君、元君大怒曰、昔有異技干寡人者、技無庸、適値寡人有歡心、故賜金帛、彼必聞此而進、復望吾賞、拘而擬戮之、經月之放、
又た蘭子の能く燕戲*する者有り。之を聞きて復た以て元君に干む。元君大いに怒りて曰く、昔(さき)に異技もて寡人に干むる者有り。技は庸ふる無きも、適々寡人の歡心有るに値(あ)へり、故に金帛を賜ふ。彼れ必らず之を聞きて進み、復た吾が賞を望むならんと。拘(とら)へて之を戮せんと擬し、月を經て乃ち放す。
*燕戲、えんぎ、曲芸。
秦穆公謂伯樂曰、子之年長矣、子姓有可使求馬者乎、伯樂對曰、良馬可形容筋骨相也、天下之馬者若滅若沒、若亡若失、若此者絶塵弭撤†、臣之子皆下才也、可告以良馬、不可告以天下之馬也、臣有所與共擔纒菜薪者九方皋、此其於馬非臣之下也、請見之、
†撤の字、ほんとは手へんでなく足へん。
〔十六〕 秦の穆公(ぼくこう)伯樂(はくらく)に謂ひて曰く、子が年長ぜり。子の姓*に馬を求めしむべき者有るかと。伯樂對へて曰く、良馬は形容筋骨*もて相(さう)す*べきも。天下の馬は滅するがごとく沒するがごとく、亡ぶるがごとく失ふがごとし*。此のごとき者は塵を絶ち撤†(あと)を弭(や)む*。臣が子は皆な下才なり。告ぐるに良馬を以てすべきも、告ぐるに天下の馬を以てすべからず。臣に與共(とも)に纏(なは)を擔ひ薪を菜(と)る所の者・九方皋(きうはうかう)有り。此れ其の馬に於ける、臣の下に非らず。請ふ之を見よと。
*姓、せい、一族。*形容筋骨、けいようきんこつ、形・姿・筋肉・骨格。*相す、鑑定する。*若滅若沒若亡若失、判別しがたいことをいう。*絶塵弭撤†、塵を立てず足跡を残さない。
穆公見之、使行求馬、三月而反報曰、已得之矣、在沙丘、穆公曰、何馬也、對曰、牝而黄、使人往取之、牡而驪、穆公不説、召伯樂而謂之曰、敗矣、子所使求馬者、色物牝牡尚弗能知、又何馬之能知也、
穆公之を見て、行きて馬を求めしむ。三月にして反り報じて曰く、已に之を得たり、沙丘*に在りと。穆公曰く、何なる馬ぞやと。對へて曰く、牝にして黄なりと。人をして往きて之を取らしむれば、牡にしてく驪(くろこま)なり。穆公説ばず。伯樂を召して之に謂ひて曰く、敗れぬ、子が馬を求めしむる所の者は、色物*牝牡すら尚ほ知る能はず、又た何の馬をか能く知らんやと。
*沙丘、さきう、地名。*色物、しきぶつ、毛色。
伯樂喟然太息曰、一至於此乎、是乃其所以千萬臣而無數者也、若皋之所觀天機也、得其猿ァ亡其麁、在其内而亡其外、見其所見、不見其所不見、視其所視、而遺其所不視、若皋之相馬、乃有貴乎馬者也、馬至、果天下之馬也、
伯樂喟然*として太息して曰く、一に此こに至るか。是れ乃ち其の臣を千萬するも數無き所以の者なり。皋が觀る所のごときは天機なり、其の奄得て其の麁*を忘れ、其の内に在りて其の外を忘る。其の見る所を見て、其の見ざる所を見ず、其の視る所を視て、其の視ざる所を遺る。皋が馬を相するごときは、乃ち馬より貴き者有りと。馬至れば、果して天下の馬なり。
*喟然、きぜん、感心するさま。*麁、そ、本質をはずれてばらばらなる事象。
楚莊王問・何曰、治國奈何、・何對曰、臣明於治身、而不明於治國也、楚莊王曰、寡人得奉宗廟社稷、願學所以守之、・何對曰、臣未嘗聞身治而國亂者也、又未嘗聞身亂而國治者也、故本在身、不敢對以末、楚王曰善、
〔十七〕 楚の莊王、・何(せんか)に問ひて曰く、國を治むること奈何と。・何對へて曰く、臣は身を冶むるに明かなるも、國を治むるに明かならずと。楚の莊王曰く、寡人宗廟・社稷に奉ずるを得たり。願はくは之を守る所以を學ばんと。・何對へて曰く、臣未だ嘗て身治まりて國亂るゝ者を聞かず。又た未だ嘗て身亂れて國治まる者を聞かず。故に本は身に在り。敢て對ふるに末を以てせずと。楚王曰く善しと。
狐丘丈人謂孫叔敖曰、人有三怨、子知之乎、孫叔敖曰、何謂也、對曰、爵高者人妬之、官大者主惡之、祿厚者怨處之、孫叔敖曰、吾爵u高吾志u下、吾官u大吾心u小、吾祿u厚吾施u博、以是免於三怨、可乎、
〔十八〕 狐丘*の丈人*孫叔敖(そんじゆくがう)に謂ひて曰く、人に三怨有り。子之を知るかと。孫叔敖曰く、何の謂ぞやと。對へて曰く、爵高き者は人之を妬み、官大なる者は主之を惡み、祿厚き者は怨み之に處ると。孫叔敖曰く、吾が爵u々高くして吾が志u々下り、吾が官u々大にして吾が心u々小に、吾が祿u々厚くして吾が施しu々博し。是を以て三怨に免かるゝこと、可ならんかと。
*狐丘、こきう、地名。*丈人、ぢやうじん、老人。
孫叔敖疾將死、戒其子曰、王亟封我矣、吾不受也、爲我死、王則封汝、汝必無受利地、楚越之阯L寝丘者、此地不利而名甚惡、楚人鬼而越人幾†、可長有者唯此也、孫叔敖死、王果以美地封其子、子辭而不受、請寝丘、與之、至今不失、
†幾の字、ほんとは示へんに幾。
孫叔敖疾みて將に死なんとするや、其の子を戒めて曰く、王亟(しば)々我を封ずるも吾れ受けず。爲(も)し我れ死せば、王は則ち汝ぢを封ぜん。汝ぢ必らず利地*を受くる無かれ。楚越の閧ノ寢丘(しんきう)といふ者有り。此の地利ならずして名甚だ惡し*。楚人は鬼*して越人は幾†す。長く有つべきは、唯だ此れのみなりと。孫叔敖死す、王果して美地を以て其の子を封ず。子辭して受けず、寢丘を請ふ。之を與ふ。今に至るまで失はず。
*利地、りち、便利な良い土地。*名甚惡、寢丘という名は死体を寝かす墓地などを連想させる。*鬼、き、死霊の祟りを畏れる。*幾†、き、怨霊の祟りを畏れる。
牛缺者上地之大儒也、下之邯鄲、遇盗於禺†沙之中、盡取其衣装車馬、牛缺歩而去、視之歡然無憂吝之色、盗追而問其故、曰君子不以所養害其所養、盗曰、喜†賢矣夫、既而相謂曰、以彼之賢往見趙君、以我爲必困我、不如殺之、乃相與追而殺之、
†禺の字、ほんとは耒に禺。†喜の字、ほんとは口へんに喜。
〔十九〕 牛缺(ぎうけつ)は上地*の大儒なり。下りて邯鄲に之き、盗に禺†沙(ぐうさ)の中に遇ふ。盡く其の衣装車馬を取られ、歩みて去る。之を視るに歡然*として憂吝*の色無し。盗追ひて其の故を問ふ。曰く、君子は養ふ所を以て、其の養はるゝ所を害せずと。盗曰く喜†(あゝ)賢なるかなと。既にして相ひ謂ひて曰く、彼れ*の賢を以て往きて趙君に見えば、我が爲すことの以(ため)に、必らず我を困しめん。之を殺すに如かずと。乃ち相ひ與に追ひて之を殺す。
*上地、じやうち、地名。*歡然、くわんぜん、楽しむさま。*憂吝、いうりん、憂い惜しむ。*以彼之賢……、こんな賢者が趙君にお目通りしたら我々盗賊はやってられなくなる。
燕人聞之、聚族相戒曰、遇盗、莫如上地之牛缺也、皆受ヘ、俄而其弟適秦、至關下果遇盗、憶其兄之戒、因與盗力爭、既而不如、又追而以卑辭請物、盗怒曰、吾活汝弘矣、而追吾不已、迹將著焉、既爲盗矣、仁將焉在、遂殺之、又傍害其黨四五人焉、
燕人之を聞き、族を聚めて相ひ戒めて曰く、盗に遇ふも、上地の牛缺のごとくする莫かれと。皆なヘを受く。俄にして其の弟秦に適き、關*の下に至りて果して盗に遇ふ。其の兄の戒めを憶ひ、因りて盗と力爭す。既にして如かず*。又た追ひて卑辭を以て物を請ふ*。盗怒りて曰く、吾れ汝ぢを活すは弘*なり。而るに吾を追ひて已まず、迹(あと)將に著(あら)はれんとす。既に盗を爲す、仁將た焉くにか在らんと。遂に之を殺し、又た傍ら*其の黨四五人を害す。
*關、くわん、函谷関。*如かず、奪われた。*請ふ、返してくれと頼んだ。*弘、こう、寛大。*傍ら、ついでに。
虞氏者梁之富人也、家充殷盛、錢帛無量、財貨無貲†、登高樓臨大路、設樂陳酒、撃博樓上、樓下侠客相随而行、樓上博者射明瓊張中、反兩翕†魚而笑、飛鳶適墜其腐鼠而中之、
†貲の字、ほんとは下が貝でなく言。†翕の字、ほんとは手へんに翕。
〔二十〕 虞氏(ぐし)は梁の富人なり。家充ちて殷盛*なり、錢帛*量る無く、財貨貲†(はか)る無し。高樓に登り、大路に臨み、樂を設け酒を陳ね、博*を樓上に撃つ。樓下を侠客相ひ随ひて行く。樓上の博する者、明瓊*を張中に射し、兩翕†魚(たふぎよ)を反して*笑ふ。飛鳶*適々其の腐鼠*を墜して之*に中つ。
*殷盛、いんせい、繁盛。*錢帛、せんはく、金銭やきぬ。*博、ばく、ばくち。*明瓊、めいけい、さいころ。*兩翕†魚を反す、大勝ちすることらしい。*飛鳶、ひえん、飛ぶとび。*腐鼠、ふそ、(くわえていた)腐ったねずみ。*之、侠客たち。
侠客相與言曰、虞氏富樂之日久矣、而常有輕易人之志、吾不侵犯之、而乃辱我以腐鼠、此而不報、無以立饉†於天下、請與若等戮力一志、率徒屬必滅其家爲、等倫皆許諾、至期日之夜、聚衆積兵、以攻虞氏、大滅其家、
†饉の字、ほんとは言べんでなくりっ心べん。
侠客相ひ與に言ひて曰く、虞氏は富樂の日久し、而して常に人を輕易*するの志有り。吾れ之を侵犯せざるに、乃ち我を辱かしむるに腐鼠を以てす。此をしも報いずんば、以て饉†*を天下に立つる無し。請ふ若ぢ等と與に、力を戮(あは)せ志を一にし、徒屬*を率ゐて必らず其の家を滅ぼすを爲さんと。等倫*皆な許諾す。期日の夜に至り、衆を聚め兵を積み、以て虞氏を攻め、大いに其の家を滅す。
*輕易、けいい、軽んじ侮る。*饉†、きん、勇。*徒屬、とぞく、一味*等倫、とうりん、仲間。
東方有人焉、曰爰旌目、將有適也而餓於道、狐父之盗曰丘、見而下壷餐以餔之、爰旌目三餔而後能視曰、子何爲者也、曰我狐父之人丘也、
〔二十一〕 東方に人有り、爰旌目(ゑんせいもく)と曰ふ。將に適く有らんとして道に餓う。狐父*の盗を丘(きう)と曰ふ。見て壷餐*を下して以て之に餔(くら)はしむ。爰旌目三たび餔ひて後に能く視て曰く、子は何爲る者ぞと。曰く我は狐父の人丘なりと。
*狐父、こほ、地名。*壷餐、こそん、壷に入れた水に漬けた飯。
爰旌目曰、喜†汝非盗邪、胡爲而食我、吾義不食子之食也、兩手據地而歐之、不出、喀喀然遂伏地而死、狐父之人則盗矣、而食非盗也、以人之盗、因謂食爲盗而不敢食、是失名實者也、
†喜の字、ほんとは言べんに喜。
爰旌目曰く、喜†(あゝ)汝ぢは盗に非らずや。胡爲れぞ我に食はしむる。吾れ義として子の食を食はずと。兩手もて地に據りて之を歐く。出でず。喀喀然*として遂に地に伏して死す。狐父の人は則ち盗なり、而れども食は盗に非らず。人の盗なるを以て、因りて食を謂ひて盗と爲し、敢へて食はざるは、是れ名實を失ふ者なり。
*喀喀然、かくかくぜん、ゲエゲエ。
柱誌f事呂†敖公、自以爲不知己者、去居海上、夏日則食菱支†、冬日則食橡栗、呂†敖公有難、柱誌f辭其友而往死之、其友曰、子自以爲不知己、故去、今往死之、是知與不知無辨也、
†呂の字、ほんとは草かんむりに呂。†支の字、ほんとは草かんむりに支。
〔二十二〕 柱誌f(ちうれいしゆく)呂†(きよ)の敖公(がうこう)に事ふ。自ら以て己を知らざる者と爲し、去りて海上に居る。夏日は則ち菱支†*を食ひ、冬日は則ち橡栗*を食ふ。呂†の敖公難有り。柱誌f其の友に辭して、往きて之に死せんとす。其の友曰く、子自ら以て己を知らずと爲し、故に去れり。今往きて之に死なば、是れ知ると知らざると辨無しと。
*菱支†、りようき、ひしの実。*橡栗、じやうりつ、とちの実や栗。
柱誌f曰、不然、自以爲不知、故去、今死、是果不知我也、吾將死之、以醜後世之人主不知其臣者也、凡知則死之、不知則弗死、此直道而行者也、柱誌f可謂對†以忘其身者也、
†對の字、ほんとは對の下に心。
柱誌f曰く、然らず。自ら以て知らずと爲す、故に去れり。今死なば、是れ果して我を知らざるなり。吾れ將に之に死し、以て後世の人主の其の臣を知らざる者を醜しめんとすと。凡そ知れば則ち之に死し、知らざれば則ち死せざるは、此れ直道にして行ふ者なり。柱誌fは對†(うら)みて以て其の身を忘るゝ者と謂ふべし。
楊朱曰、利出者實反、怨往者害來、發於此而應於外者唯請。是故賢者愼所出。
〔二十三〕 楊朱曰く、利の出づるは實反り、怨の往くは害來る。此こに發して外に應ずる者は唯だ請(情)なるのみ。是の故に賢者は出づる所を愼しむと。
楊子之鄰人亡羊、既率其黨、又請楊子之豎追之、楊子曰、喜†亡一羊、何追者之衆、鄰人曰、多岐路、既反、問獲羊乎、曰亡之矣、曰奚亡之、曰岐路之中又有岐焉、吾不知所之、所以反也、
†喜の字、ほんとは口へんに喜。
〔二十四〕 楊子の鄰人羊を亡ふ。既に其の黨を率ゐ、又た楊子の豎*を請ひて之を追ふ。楊子曰く、喜†(あゝ)一羊を亡へるに、何ぞ追ふ者の衆きと。鄰人曰く、岐路多しと。既に反る。問ふ羊を獲たるかと。曰く之を亡ふと。曰く奚ぞ之を亡へると。曰く岐路の中に又た岐(き)有り。吾れ之く所を知らず、反る所以なりと。
*豎、じゆ、子供の召し使い。
楊子戚然變容、不言者移時、不笑者竟日、門人怪之、請曰、羊賤畜、又非夫子之有、而損言笑者何哉、楊子不答、門人不獲所命、弟子孟孫陽出以告心都子、
楊子戚然*として容を變じ、言はざること時を移し、笑はざること日を竟ふ。門人之を怪しみ、請*ひて曰く、羊は賤畜なり、又た夫子の有に非らず、而るに言笑を損ふは何ぞやと。楊子答へず。門人命*ずる所を獲ず。弟子孟孫陽(まうそんやう)出でゝ以て心キ子(しんとし)に告ぐ。
*戚然、せきぜん、憂えるさま。*請、お尋ねする。*命、おしえる。
心都子他日與孟孫陽偕入而問曰、昔有昆弟三人、游齊魯之閨A同師而學、進仁義之道而歸、其父曰、仁義之道若何、伯曰、仁義使我愛身而後名、仲曰、仁義使我殺身以成名、叔曰、仁義使我身名竝全、彼三術相反而同出於儒、孰是孰非邪、
心キ子他日孟孫陽と偕(とも)に入りて問ひて曰く、昔昆弟*三人有り。齊・魯の閧ノ游び、師を同じくして學び、仁義の道を進(つく)して歸る。其の父曰く、仁義の道若何と。伯*は曰く、仁義は我をして身を愛して名を後にせしむと。仲*は曰く、仁義は我をして身を殺して以て名を成さしむと。叔*は曰く、仁義は我をして身・名竝らびに全からしむと。彼の三術相ひ反するも同じく儒に出づ、孰れか是にして孰れか非なると。
*昆弟、こんてい、兄弟。*伯、はく、長兄。*仲、ちう、次兄。*叔、しゆく、末弟。
楊子曰、人有濱河而居者、習於水勇於泅、操舟鬻渡、利供百口、裹糧就學者成徒、而溺死者幾半、本學泅不學溺、而利害如此、若以爲孰是孰非、心都子K†然而出、
†Kの字、ほんとは口へんにK。
楊子曰く、人の河に濱*して居る者有あり。水に習ひて泅(およ)ぐに勇なり。舟を操りて渡(わたし)を鬻ぎ*、利は百口に供す*。糧を裹(つゝ)み*就きて學ぶ者徒を成す。而して溺死する者幾んど半(なかば)す。本と泅ぐを學びて溺るゝを學ばず。而して利害此のごとし。若ぢ以て孰れか是にして孰れか非なりと爲すと。心キ子K†然*として出づ。
*濱、ひん、臨む。*渡を鬻ぎ、渡し舟を商売にする。*利供百口、利益で百人を養う。*糧を裹み、食糧を持参して。*K†然、もくぜん、黙然。
孟孫陽讓之曰、何吾子問之迂、夫子答之僻、吾惑愈甚、心都子曰、大道以多岐亡羊、學者以多方喪生、學非本不同、非本不一、而末異若是、唯歸同反一、爲亡得喪、子長先生之門、習先生之道、而不達先生之況也、哀哉、
孟孫陽之を讓(せ)めて曰く、何ぞ吾子*の問ふこと迂*にして、夫子の答ふること僻*なる。吾が惑ひ愈々甚しと。心キ子曰く、大道は多岐を以て羊を亡ひ、學者は多方を以て生を喪ふ。學は本と同じからざるに非らず、本と一ならざるに非らず。而るに未の異なること是のごとし。唯だ同に歸り一に反れば、得喪亡しと爲す。子は先生の門に長じ、先生の道を習ひて、先生の況(たとへ)に達せず。哀しいかなと。
*吾子、ごし、あなた。*迂、う、回りくどい。*僻、へき、ひねくれている。
楊朱之弟曰布、衣素衣而出、天雨、解素衣衣緇衣而反、其狗不知、迎而吠之、楊布怒將卜†之、楊朱曰、子無卜†矣、子亦猶是也、嚮者使汝狗白而往、K而来、豈能無怪哉、
†卜の字、ほんとは手へんに卜。
〔二十五〕 楊朱の弟を布と曰ふ、素衣*を衣(き)て出づ。天雨ふる。素衣を解き緇衣*を衣て反る。其の狗*知らずして、迎へて之に吠ゆ。楊布怒りて將に之を卜†(う)たんとす。楊朱曰く、子卜†つ無かれ。子も亦た猶ほ是のごとし。嚮(さき)に汝の狗をして白くして往き、Kくして來らしめば、豈に能く怪しむ無からんやと。
*素衣、そい、白い着物。*緇衣、しい、黒い着物。*狗、く、犬。
楊朱曰、行善不以爲名、而名從之、名不與利期、而利歸之、利不與爭期、而爭及之、故君子必愼爲善、
〔二十六〕 楊朱曰く、善を行ふは以て名の爲めにせず。而るに名之に從ふ。名は利と期*せず。而るに利之に歸す。利は爭と期せず。而るに爭之に及ぶ。故に君子は必らず善を爲すを愼しむと。
*期、き、約束する。
昔人有言知不死之道者、燕君使人受之、不捷而言者死、燕君甚怒其使者、將加誅焉、幸臣諫曰、人所憂者莫急乎死、己所重者莫過乎生、彼自喪其生、安能令君不死也、乃不誅、
〔二十七〕 昔の人に不死の道を知ると言ふ者有り。燕君人をして之を受けしむるに、捷(すみやか)ならずして、言ふ者死す。燕君甚だ其の使者を怒り、將に誅を加へんとす。幸臣*諫めて曰く、人の憂ふる所は死よりも急なるは莫く、己の重んずる所は生に過ぐるは莫し。彼れ自ら其の生を喪ふ、安んぞ能く君をして不死ならしめんやと。乃ち誅せず。
*幸臣、かうしん、お気に入りの家来。
有齊子、亦欲學其道、聞言者之死、乃撫膺而恨、富子聞而笑之曰、夫所欲學不死、其人已死、而猶恨之、是不知所以爲學、
齊子といふもの有り。亦た其の道を學ばんと欲し、言ふ者の死を聞き、乃ち膺(むね)を撫(う)ちて恨む。富子聞きて笑ひて曰く、夫れ學ばんと欲する所は不死なり。其の人已に死して、而も猶ほ之を恨むは、之れ學を爲す所以を知らざるなりと。
胡子曰、富子之言非也、凡人有術不能行者有矣、能行而無其術者亦有矣、衛人有善數者、臨死以訣喩其子、其子志其言而不能行也、他人問之、以其父所言告之、問者用其言而行其術、與其父無差焉、若然、死者奚爲不能言生術哉、
胡子曰く、富子の言は非なり。凡そ人には術有りて、行ふ能はざる者有り、能く行へども其の術無き者も亦た有り。衞人に數を善くする者有あり。死に臨み訣*を以て其の子に喩(さと)す。其の子其の言を志(しる)せども行ふ能はず。他人之に問ふに、其の父の言ふ所を以て之に告ぐ。問ふもの其の言を用ひて其の術を行ふに、其の父と差(たが)ふ無し。若し然れば、死する者奚爲れぞ生の術を言ふ能はざらんやと。
*訣、けつ、秘訣。
邯鄲之民、以正月之旦獻鳩於簡子、簡子大ス、厚賞之、客問其故、簡子曰、正旦放生、示有恩也、客曰、民知君之欲放之、競而捕之、死者衆矣、君如欲生之、不若禁民勿捕、捕而放之、恩過不相補矣、簡子曰然、
〔二十八〕 邯鄲の民、正月の旦(あした)*を以て鳩を簡子(かんし)に獻ず。簡子大いにスび、厚く之を賞す。客其の故を問ふ。簡子曰く、正旦に生*を放つは、恩有るを示すなりと。客曰く、民君の之を放たんと欲するを知らば、競ひて之を捕へ、死す者衆し。君如し之を生かさんと欲せば、民を禁じて捕ふる勿からしむるに若かず。捕へて之を放つは、恩過*相ひ補はずと。簡子曰く然りと。
*正月の旦、元日。*生、せい、生き物。*恩過、おんくわ、恩恵と過失。
齊田氏祖於庭、食客千人、中坐有獻魚鴈者、田氏視之乃歎曰、天之於民厚矣、殖五穀、生魚鳥、以爲之用、衆客和之如響、
〔二十九〕 齊の田氏庭に祖*す。食客千人。中坐*に魚鴈(ぎよがん)を獻ずる者有り。田氏之を視て乃ち歎じて曰く、天の民に於けるや厚し。五穀を殖(ふや)し、魚鳥を生じ、以て之*が用と爲すと。衆客之に和すること響のごとし。
*祖、そ、旅立つとき道祖神を祭り送別の宴を催す。*中坐、ちうざ、宴会の途中。*之、これ、民。
鮑氏之子年十二、預於次、進曰、不如君言、天地萬物、與我竝生類也、類無貴賤、徒以小大智力而相制、迭相食、非相爲而生之、人取可食者而食之、豈天本爲人生之、且蚊蚋僭†膚、虎狼食肉、非天本爲蚊蚋生人、虎狼生肉者哉、
†僭の字、ほんとは人べんでなく口へん。
鮑氏(はうし)の子年十二にして、次(じ)に預る*。進みて曰く、君が言のごとくならず。天地の萬物、我と竝び生ずるは類なり。類に貴賤無し。徒だ小大智力を以て相ひ制して、迭ひに相ひ食ふのみ。相ひ爲めにして之を生ずるに非らず。人食ふべき者を取りて之を食ふも、豈に天は本より人の爲めに之を生ぜんや。且つ蚊蚋*は膚を僭†(か)み、虎狼は肉を食ふも、非(豈)に天は本より蚊蚋の爲めに人を生じ、虎狼のために肉を生ずる者ならんやと。
*預於次、その席に列なっている。*蚊蚋、ぶんぜい、かやぶよ。
齊有貧者、常乞於城市、城市患其亟也、衆莫之與、遂適田氏之廐、從馬醫作役而假食、郭中人戲之曰、從馬醫而食、不以辱乎、乞兒曰、天下之辱、莫過於乞、乞猶不辱、豈辱馬醫哉、
〔三十〕 齊に貧者有り。常に城市に乞ふ。城市其の亟(しば)々なるを患(うれ)へ、衆の之に與ふる莫し。遂に田氏の厩(うまや)に適き、馬醫に從ひて役を作して假食*す。郭中の人之に戲れて曰く、馬醫に從ひて食す、以て辱とせざるかと。乞兒曰く、天下の辱は乞(きつ)に過ぐるは莫し、乞すら猶ほ辱とせず、豈に馬醫を辱とせんやと。
*作役、雑用をたす。*假食、かしよく、寄食。
宋人有游於道得人遺契者、歸而藏之、密數其齒、告鄰人曰、吾富可待矣、
〔三十一〕 宋人に道に游びて人の遺てたる契*を得たる者有り。歸りて之を藏(かく)し、密に其の齒*を數へ、鄰人に告げて曰く、吾が富待つべしと。
*契、けい、手形。*齒、し、手形の刻み目。
人有枯梧樹者、其鄰父言、枯梧之樹不、其人遽而伐之、鄰人父因請以爲薪、其人乃不ス曰、鄰人之父徒欲爲薪、而ヘ吾伐之也、與我鄰若此其險、豈可哉、
〔三十二〕 人の枯れたる梧樹*を有する者有り。其の鄰の父言ふ、枯れたる梧樹は不なりと。其の人遽にして之を伐る。鄰人の父因りて請ひて以て薪と爲す。其の人乃ちスばずして曰く、鄰人の父徒だ薪と爲さんと欲して、吾をして之を伐らしむ。我れと鄰りして、此のごとく其れ險*なり。豈に可ならんやと。
*梧樹、ごじゆ、梧桐の木。*險、けん、陰険。
人有亡鉞†者、意其鄰之子、視其行歩竊鉞†也、顏色竊鉞†也、言語竊鉞†也、動作態度無爲而不竊鉞†也、俄而曰†其谷而得其鉞†、他日復見其鄰之子、動作態度無似竊鉞†者、
†鉞の字、ほんとは旁が戉でなく夫。†曰の字、ほんとは手へんに曰。
〔三十三〕 人に鉞†(をの)を亡ふもの有り。其の鄰の子を意(うたが)ふ。其の行歩を視るに鉞†を竊(ぬす)むなり。顏色も鉞†を竊むなり。言語も鉞†を竊むなり。動作態度爲すとして鉞†を竊まざるは無きなり。俄にして其の谷を曰†(ほ)りて其の鉞†を得。他日復た其の鄰の子を見るに、動作態度鉞†を竊むに似たる者無し。
白公勝慮亂、罷朝而立、倒杖策、錣上貫頤、血流至地而弗知也、鄭人聞之曰、頤之忘、將何不忘哉、意之所屬著、其行足躓株坎、頭抵植木、而不自知也、
〔三十四〕 白公勝(はくこうしよう)亂を慮る。朝(てう)より罷(まか)りて立ち*、倒(さかさ)まに策*を杖く。錣*上に頤(おとがひ)を貫き、血流れて地に至れども知らず。鄭人*之を聞きて曰く、頤をすら之れ忘る、將た何をか忘れざらんやと。意の屬著*する所、其の行くや足は株坎*に躓き、頭は植木*に抵(あた)るも自ら知らざるなり。
*立つ、じっと立ちとどまる。*策、さく、むち。*錣、てつ、むちの先につけてある鉄の針。*鄭人、ていひと、白公の父建は鄭に亡命中に殺された。*屬著、ぞくちやく、執着。*株坎、しゆかん、切り株や穴。*植木、しよくぼく、立ち木。
昔齊人有欲得金者、C旦衣冠而之市、適鬻金者之所、因攫其金而去、吏捕得之、問曰、人皆在焉、子攫人之金何、對曰、取金之時、不見人、徒見金耳。
〔三十五〕 昔齊人に金を得んと欲する者有り。C旦*に衣冠*して市に之き、金を鬻ぐ者*の所に適き、因りて其の金を攫(つか)んで去る。吏捕へて之を得。問ひて曰く、人皆な在るに、子人の金を攫めるは何ぞやと。對へて曰く、金を取るの時、人を見ず。唯だ金を見るのみと。
*C旦、せいたん、よく晴れた朝。*衣冠、いくわん、正装する。*鬻金者、両替屋。