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仲尼第四

 

仲尼闍潤A子貢入侍、而有憂色、子貢不敢問、出告顏囘、顏囘援琴而歌、孔子聞之、果召囘入、問曰、若奚獨樂、囘曰、夫子奚獨憂、孔子曰、先言爾志、

〔一〕 仲尼闍盾キ、子貢入りて侍せるに、憂色有り。子貢敢て問はず。出でゝ顏囘に告ぐ。顏囘琴を援(ひ)きて歌ふ。孔子之を聞き、果して囘を召して入らしめ、問ひて曰く、若ぢ奚ぞ獨り樂しめると。囘曰く、夫子奚ぞ獨り憂ふると。孔子曰く、先づ爾が志を言へと。

 

曰吾昔聞之夫子、曰樂天知命、故不憂、囘所以樂也、孔子愀然有陞H、有是言哉、汝之意失矣、此吾昔日之言爾、請以今言爲正也、汝徒知樂天知命之無憂、未知樂天知命有憂之大也、

曰く、吾れ昔(さき)に之を夫子に聞けり。曰く天を樂しみ命を知る。故に憂へずと、囘の樂しむ所以なりと。孔子愀然として閧ュ有りて曰く、是の言有りしかな、汝が意失せり、此れ吾が昔日の言のみ、請ふ今の言を以て正しと爲よ。汝は徒だ天を樂しみ命を知るの憂無きを知りて、未だ天を樂しみ命を知るの憂の大なるもの有るを知らざるなり。

 

今告若其實、脩一身任窮達、知去來之非我、亡變亂於心慮、爾之所謂樂天知命之無憂也、曩吾脩詩書、正禮樂、將以治天下、遺來世、非但脩一身、治魯國而已、

今若ぢに其の實を告げん。一身を脩めて窮達*に任せ、去來の我に非ざるを知りて、心慮を變亂する亡きは、爾の所謂天を樂しみ命を知るの憂無きなり。曩に吾が詩書を脩め、禮樂を正せるは、將に以て天下を治め、來世に遺さんとするなり。但に一身を脩め魯國を治めんとするのみに非らず。

*窮達、きゆうたつ、困窮と栄達。

 

而魯之君臣、日失其序、仁義u衰、情性u薄、此道不行一國與當年、其如天下與來世矣、吾始知詩書禮樂無救於治亂、而未知所以革之之方、此樂天知命者之所憂、

而かも魯の君臣日々に其の序を失ひ、仁義u(ます)々衰へ、情性u々薄し、此の道一國と當年とにすら行はれず、其れ天下と來世とを如んせん。吾れ始めて詩書禮樂の治亂を救ふ無きを知れども、未だ之を革(あらた)むる所以の方を知らず、此れ天を樂しみ命を知る者の憂ふる所なり。

 

雖然吾得之矣、夫樂而知者、非古人之所謂樂知也、無樂無知、是眞樂眞知、故無所不樂、無所不知、無所不憂、無所不爲、詩書禮樂何棄之有、革之何爲、顏囘北面拜手曰、囘亦得之矣、

然りと雖も吾れ之を得たり。夫れ樂しみて知るは、古人の所謂樂知に非らず。樂しむ無く知る無きは是れ眞に樂しみ眞に知るなり。故に樂しまざる所無く、知らざる所無く、憂へざる所無く、爲さざる所無し。詩書禮樂何の棄つることか之あらん。之を革むる何ぞ爲さんやと。顏囘北面拜手して曰く、囘亦た之を得たりと。

 

出告子貢、子貢茫然自失、歸家淫思七日、不寢不食、以至骨立、顏囘重往喩之、乃反丘門、絃歌誦書、終身不輟、

出でて子貢に告ぐ。子貢茫然自失し、家に歸りて淫思*すること七日。寢ねず食はず、以て骨立*するに至る。顏囘重ねて往き之を喩す、乃ち丘門に反り、弦歌して書を誦み、終身輟(や)めず。

*淫思、いんし、深く思う。*骨立、こつりつ、やせる。

 

陳大夫聘魯、私見叔孫氏、叔孫氏曰、吾國有聖人、曰非孔丘邪、曰是也、何以知其聖乎、叔孫氏曰、吾常聞之顏囘、曰孔丘能廢心而用形、

〔二〕 陳の大夫、魯に聘*し、私に叔孫氏に見ゆ。叔孫氏曰く、吾が國に聖人有りと。曰く孔丘に非ずやと。曰く是れなりと。何を以て其の聖なるを知るやと。叔孫氏曰く、吾れ常(かつ)て之を顏囘に聞く、曰く孔丘能く心を廢して形を用ふと、と。

*聘、へい、君命をもって使いをする。

 

陳大夫曰、吾國亦有聖人、子弗知乎、曰聖人孰謂、曰老冉†之弟子有亢倉子者、得冉†之道、能以耳視而目聽、魯侯聞之大驚、使上卿厚禮而致之、

†冉の字、ほんとは耳へんに冉。

陳の大夫曰く、吾が國も亦た聖人有り、子知らざるかと。曰く聖人とは孰れをか謂ふと。曰く老冉†(らうたん)の弟子に亢倉子(かうさうし)なる者有り。冉†の道を得て、能く耳を以て視、目をもつて聽くと。魯侯之を聞きて、大に驚き、上卿をして禮を厚くして之を致さしむ。

 

亢倉子應聘而至、魯侯卑辭請問之、亢倉子曰、傳之者妄、我能視聽不用耳目、不能易耳目之用、魯侯曰、此増異矣、其道奈何、寡人終願聞之、

亢倉子聘*に應じて至る。魯侯辭を卑くして之*を請ひ問ふ。亢倉子曰く、之を傳ふる者妄*なり、我れ能く視聽するに耳目を用ひざれども、耳目の用を易ふる能はずと。魯侯曰く、此れ掾iます)々異なり、其の道奈何、寡人終に*之を聞かんこと願ふと。

*聘、へい、賢者を招いて用いる。*之、これ、以耳視而目聽をさす。*妄、ばう、根も葉もない。*終に、どうしても。

 

亢倉子曰、我體合於心、心合於氣、氣合於~、~合於無、其有介然之形、唯然之音、雖遠在八荒之外、近在眉睫之内、來干我者、我必知之、乃不知是我七孔四支之所覺、心腹六藏之所知、其自知而已矣、魯侯大ス、他日以告仲尼、仲尼笑而不荅、

亢倉子曰く、我が體は心に合し、心は氣に合し、氣は~に合し、~は無に合す。其れ介然*の形、唯然*の音有れば、遠くは八荒の外に在り、近くは眉睫*の内に在りと雖ども、來りて我を干(をか)すものは、我れ必ず之を知る。乃ち知らず、是れ我が七孔四支の覺る所、心腹六藏の知る所なるかを。其れ自ら知るのみと。魯侯大にスび、他日以て仲尼に告ぐ。仲尼笑ひて荅(答)へず。

*介然、かいぜん、ごくかすかな。*唯然、ゐぜん、かすかな。*眉睫、びせふ、まゆやまつげ。

 

商太宰見孔子曰、丘聖者歟、孔子曰、聖則丘何敢、然則丘博學多識者也、商太宰曰、三王聖者歟、孔子曰、三王善任智勇者、聖則丘不知、曰五帝聖者歟、孔子曰、五帝善任仁義者、聖則丘弗知、曰三皇聖者歟、孔子曰、三皇善因時者、聖則丘弗知、

〔三〕 商の太宰孔子を見て曰く、丘は聖なる者かと。孔子曰く、聖なるは則ち丘何ぞ敢てせん。然かれども則ち丘は博く學び多く識れる者なりと。商の太宰曰く、三王*は聖なる者かと。孔子曰く、三王は善く智勇に任ずる者なり、聖なるは則ち丘知らずと。曰く五帝*は聖なる者かと。孔子曰く、五帝は善く仁義に任ずる者なり、聖なるは則ち丘知らずと。曰く三皇*は聖なる者かと。孔子曰く、三皇は善く時に因(したが)ふ者なり、聖なるは則ち丘知らずと。

*三王、さんわう、夏の禹王・殷の湯王・周の文王および武王。*五帝、ごてい、黄帝・せんぎよく・帝こく・堯・舜。*三皇、さんくわう、燧人・伏羲・~農。

 

商太宰大駭曰、然則孰者爲聖、孔子動容有陞H、西方之人有聖者焉、不治而不亂、不言而自信、不化而自行、蕩蕩乎民無能名焉、丘疑其爲聖、弗知眞爲聖歟、眞不聖歟、商太宰K†然心計曰、孔丘欺我哉、

†Kの字、ほんとは口へんにK。

商の太宰大に駭きて曰く、然らば則ち孰れをか聖と爲すと。孔子容を動かし阯Lりて曰く、西方の人に聖なる者有り。治めずして亂れず、言はずして自ら信にして、化せずしれ自ら行はる。蕩蕩乎*として民能く名づくる無し。丘其の聖たるを疑ふ。知らず眞に聖たるか、眞に聖たらざるかと。商の太宰、K†然*として心に計りて曰く、孔丘我を欺くかなと。

*蕩蕩乎、たうたうこ、のびのびとひろやか。*K†然、もくぜん、黙然。

 

子夏問孔子曰、顏囘之爲人奚若、子曰、囘之仁賢於丘也、曰子貢之爲人奚若、子曰、賜之辨賢於丘也、曰子路之爲人奚若、子曰由之勇賢於丘也、曰子張之爲人奚若、子曰師之莊賢於丘也、

〔四〕 子夏孔子に問ひて曰く、顏囘の爲人(ひとゝなり)は奚若(いかん)と。子曰く、囘の仁は丘に賢(まさ)れりと。曰く子貢の爲人は奚若と。子曰く、賜の辨は丘に賢れりと。曰く子路の爲人は奚若と。子曰く、由の勇は丘に賢れりと。曰く子張の爲人は奚若と。子曰く、師の莊*は丘に賢れりと。

*莊、さう、おごそか。

 

子夏避席而問曰、然則四子者何爲事夫子、曰居、吾語汝、夫囘能仁、而不能反、賜能辨、而不能訥、由能勇、而不能怯、師能莊、而不能同、兼四子之有以易吾、吾弗許也、此其所以事吾而不貳也、

子夏席を避けて問ひて曰く、然らば則ち四子は何奚れぞ夫子に事ふる。曰く居れ、吾汝に語らん。夫れ囘は能く仁なるも、反*なる能はず。賜は能く辨なるも、訥なる能はず。由は能く勇なるも、怯*なる能はず。師は能く莊なるも、同*ずる能はず。四子の有を兼ねて以て吾に易えんとするも、吾れ許さじ。此れ其の吾に事へて貳(うたが)はざる所以なりと。

*反、はん、臨機応変。*怯、けふ、細心。*同、どう、協調する。

 

子列子既師壷丘子林、友伯昏鶩†人、反居南郭、從之處者、百數而不及、雖然子列子亦微焉、朝朝相與辨、無不聞、而與南郭子連牆二十年、不相謁請、相遇於道、目若不相見者、門之徒役、以爲子列子與南郭子有敵不疑、

†鶩の字、ほんとは下が鳥でなく目。

〔五〕 子列子既に壷丘子林を師とし、伯昏鶩†人を友とし、反りて南郭に居る。之に從ひて處るもの、百もて數ふれども及ばず、然りと雖も子列子亦た焉を微なりとす。朝朝相ひ與に辨じて、聞えずといふこと無し。而かも南郭子と牆*を連ぬること二十年なるも、相ひ謁請*せず、道に相ひ遇ふも、目相ひ見ざる者のごとし。門の徒役*は、子列子と南郭子とは敵有りと以爲(おも)ひて疑はず。

*牆、しやう、垣根。*謁請、えつせい、訪問。*徒役、とえき、弟子。

 

有自楚來者、問子列子曰、先生與南郭子奚敵、子列子曰、南郭子貌充心虚、耳無聞、目無見、口無言、心無知、形無タ、往將奚爲、雖然試與汝偕往、閲弟子四十人同行、見南郭子、果若欺魄焉、而不可與接、顧視子列子、形~不相偶、而不可與羣、

楚より來れる者有り。子列子に問ひて曰く、先生南郭子と奚ぞ敵する。子列子曰く、南郭子は貌充ちて心虚しく、耳は聞く無く、目は見る無く、口は言ふ無く、心は知る無く、形はタ(おそ)るゝ無し。往くとも將に奚をか爲さん。然りと雖も試みに汝と偕に往かんと。弟子四十人を閲(えら)びて同行し、南郭子を見る。果して欺魄*のごとくにして與に接すべからず。顧みて子列子を視れば、形~相ひ偶せず*して與に群す*べからず。

*欺魄、ぎはく、泥人形。*形~相ひ偶せず、体と心がばらばら。*與に群す、はるかに隔たっている。

 

南郭子俄而指子列子之弟子末行者與言、衒†衒†然若專直而存雄者、子列子之徒駭之、反舎咸有疑色、子列子曰、得意者無言、進知者亦無言、用無言爲言亦言、無知爲知亦知、無言與不言、無知與不知、亦言亦知、亦無所不言、亦無所不知、亦無所言、亦無所知、如斯而已、汝奚妄駭哉、

†衒の字、ほんとは中が玄でなく干。

南郭子俄にして子列子の弟子の末行*なる者を指して與に言ふ。衒†衒†然*として專直*にして雄を存する者のごとし。子列子の徒駭けり。舎に反りて咸(み)な疑色有り。子列子曰く、意を得るものは言無く、知を進(つく)す者も亦た言無し。無言を用て言と爲すも亦た言なり、無知を知と爲すも亦た知なり。言ふと言はざると無く、知ると知らざると無し。亦た言ひ亦た知り、亦た言はざる所無く、亦た知らざる所無く、亦た言ふ所無く、亦た知る所無し。斯のごときのみ、汝奚ぞ妄りに駭くやと。

*末行、まつかう、末席。*衒†衒†然、かんかんぜん、なごやか。*專直、せんちよく、熱心。

 

子列子學也、三年之後、心不敢念是非、口不敢言利害、始得老商一眄而已、五年之後、心更念是非、口更言利害、老商始一解顏而笑、七年之後、從心之所念、更無是非、從口之所言、更無利害、老商始一引、竝席而坐、

〔六〕 子列子の學ぶや、三年の後、心敢て是非を念はず、口敢て利害を言はずして、始めて老商の一眄を得たるのみ。五年の後、心更に是非を念ひ、口更に利害を言ひて、老商始めて一たび顏を解きて笑ふ。七年の後、心の念ふ所に從へども更に是非無く、口の言ふ所に從へども、更に利害無し、老商始めて一たび引き席を竝べて坐す。

 

九年之後、心之所念、口之所言、亦不知我之是非利害歟、亦不知彼之是非利害歟、内外進矣、而後眼如耳、耳如鼻、鼻如口、無不同、心凝形釋、骨肉都融、不覺形之所倚、足之所履、心之所念、言之所藏、如斯而已、則理無所隱矣、

九年の後心の念ふ所を(ほしいまゝ)にし、口の言ふ所をにして、亦た我の是非利害かを知らず、亦た彼の是非利害か知らず、内外進きぬ。而る後に眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく、同じからざる無し。心凝り、形釋け、骨肉キべて融けて、形の倚る所、足の履む所、心の念ふ所、言の藏むる所を覺えず。斯のごときのみにして、則ち理隱るゝ所無し。

 

初子列子好游、壷丘子曰、禦寇好游、游何所好、列子曰、游之樂所玩無故、人之游也、觀其所見、我之游也、觀之所變、游乎游乎、未有能辨其游者、

〔七〕 初め子列子游びを好む。壷丘子曰く、禦寇游びを好む、游びに何の好き所かあると。列子曰く、游びの樂しきは、玩ぶ所故無き*にあり。人の游びは其の見る所を觀る、我の游びは之(そ)の變ずる所を觀る。游びか游びか、未だ能く其の游びを辨ずる者有らずと。

*故無き、古(故)は新に変化する。

 

壷丘子曰、禦寇之游固與人同歟、而曰固與人異歟、凡所見亦恆見其變、玩彼物之無故、不知我亦無故、務外游、不知務内觀、外游者求備於物、内觀者取足於身、取足於身、游之至也、求備於物、游之不至也、

壷丘子曰く、禦寇の游びは固(もと)より人と同じきかな、而るを固より人と異なりと曰ふか。凡そ見る所も亦た恆に其の變を見る。彼の物の故無きを玩ぶも、我も亦故無きを知らず。外に游ぶことを務めて、内に觀ることを務むるを知らざるなり。外に游ぶ者は、備はらんことを物に求め、内に觀る者は足ることを身に取る。足ることを身に取るは、游びの至れるなり。備はらんことを物に求むるは游びの至らざるなりと。

 

於是列子終身不出、自以爲不知游、壷丘子曰、游其至乎、至游者不知所適、至觀者不知所視、物物皆游矣、物物皆觀矣、是我之所謂游、是我之所謂觀也、故曰、游其至矣乎、游其至矣乎、

是に於て列子終身出でず、自ら以爲らく、游びを知らずと。壷丘子曰く、游び其れ至れるかな、至游の者は適く所を知らず、至觀の者は視る所を知らず。物物皆な游びなり。物物皆な觀るなり。是れ我が所謂游びなり、是れ我が所謂觀るなり。故に曰く、游び其れ至れるかな、游び其れ至れるかなと。

 

龍叔謂文摯曰、子之術微矣、吾有疾、子能已乎、文摯曰、唯命所聽、然先言子所病之證、龍叔曰、吾ク譽不以爲榮、國毀不以爲辱、得而不喜、失而弗憂、視生如死、視富如貧、視人如豕、視吾如人、處吾之家如逆旅之舎、觀吾之ク如戎蠻之國、

〔八〕 龍叔(りゆうしゆく)、文摯*に謂ひて曰く、子の術微なり。吾れ疾有り、子能く已さんかと。文摯曰く、唯だ命のまゝに聽く所なり*。然れども先づ子が病む所の證を言へと。龍叔曰く、吾れク譽むるも以て榮と爲さず、國毀るも以て辱と爲さず。得れども喜ばず、失へども憂へず、生を視ること死のごとく、富みを視ること貧のごとく、人を視ること豕のごとく、吾を視ること人のごとく、吾が家に處ること逆旅の舎のごとく、吾がクを觀ること戎蠻の國のごとし。

*文摯、ぶんし、古の名医。*唯命所聽、「唯A所B」は普通「AのBする所のまゝなり」という語法だが、ここは「おっしゃる通りに致しましょう」。

 

凡此衆疾、爵賞不能勸、刑罰不能威、盛衰利害不能易、哀樂不能移、固不可事國君、交親友、御妻子、制僕隷、此奚疾哉、奚方能已之乎、

凡そ此の衆々の疾は爵賞も歡むること能はず、刑罰も威すこと能はず、盛衰利害も易ふること能はず、哀樂も移すこと能はず。固より國君に事ヘ、親友に交はり、妻子を御し、僕隷を制すべからず。此れ奚の疾ぞや、奚の方か能く之を已やさんと。

 

文摯乃命龍叔背明而立、文摯後向明而望之、既而曰、喜†、吾見子之心矣、方寸之地虚矣、幾聖人也、子心六孔流通、一孔不達、今以聖智爲疾者、或由此乎、非吾淺術所能已也、

†喜の字、ほんとは口へんに喜。

文摯乃ち龍叔に命じて明に背きて立たしめ、文摯後に明に向ひて之を望む。既にして曰く、喜†(あゝ)、吾れ子の心を見るに、方寸の地虚し。幾んど聖人なり。子が心は六孔流通して一孔達せず。今聖智を以て疾と爲すは、或ひは此に由るか。吾が淺術の能く已す所に非らずと。

 

無所由而常生者道也、由生而生、故雖終而不亡常也、由生而亡、不幸也、有所由而常死者亦道也、由死而死、故雖未終而自亡者亦常、由死而生、幸也、故無用而生、謂之道、用道得終、謂之常、有所用而死者、亦謂之道、用道而得死者、亦謂之常、季梁之死、楊朱望其門而歌、随梧之死、楊朱撫其尸而哭、隷人之生、隷人之死、衆人且歌、衆人且哭、

〔九〕 由る所無くして常に生くるは道なり。生に由りて生く、故に終ると雖も亡びざるは常なり。生に由りて亡ぶるは不幸なり。由る所有りて常に死するは亦た道なり。死に由りて死し、故に未だ終らずと雖も自ら亡ぶるは亦た常なり。死に由りて生くるは幸なり。故に用(よ)る無くして生くるを之(これ)道と謂ひ、道に用りて終はるを得るを之常と謂ふ。用る所有りて死する者を亦た之道と謂ひ、道に用りて死を得る者を亦た之常と謂ふ。季梁*の死するや、楊朱其の門を望んで歌ひ、随梧(ずゐご)の死するや、楊朱其の尸を撫でて哭す。隷人*の生、隷人の死には、衆人且つ歌ひ、衆人且つ哭す。

*季梁、きりやう、楊朱の友人。*隷人、れいじん、世間一般の人々。

 

目將眇者、先睹秋毫、耳將聾者、先聞蚋飛、口將爽者、先辨輜†黽†、鼻將窒者、先覺焦朽、體將僵者、先亟犇佚、心將迷者、先識是非、故物不至者、則不反、

†輜の字、ほんとは車へんでなくさん水。†黽の字、ほんとはさん水に黽。

〔十〕 目將に眇*せんとする者は先づ秋毫を睹(み)、耳將に聾せんとする者は先づ蚋飛*を聞き、口將に爽(たが)はんとする者は先づ輜†黽†*を辨じ、鼻將に窒がらんとする者は先づ焦朽*を覺り、體の將に僵(たふ)れんとする者は先づ犇佚*を亟(この)み、心將に迷はんとする者は先づ是非を識る。故に物至らざる者は、則ち反せず。

*眇、べう、目が見えない。*蚋飛、ぜいひ、あぶが飛ぶ。*輜†黽†、しじよう、輜†水の水と黽†水の水(の味)。*焦朽、せうきう、こげるとくさる。*犇佚、ほんいつ、駆け回る。

 

鄭之圃澤多賢、東里多才、圃澤之役有伯豐子者、行過東里遇ケ析、ケ析顧其徒而笑曰、爲若舞彼來者、奚若、其徒曰、所願知也、

〔十一〕 鄭の圃澤に賢多く、東里に才多し。圃澤の役*に伯豐子(はくほうし)なる者有あり。行きて東里を過ぎケ析*に遇ふ。ケ析其の徒を顧みて笑ひて曰く、若ぢが爲めに彼の來る者を舞*せん、奚若と。其の徒曰く、知(き)くを願ふ所なりと。

*役、えき、弟子。*ケ析、とうせき、鄭国の大夫で名家の一人。*舞、ぶ、もてあそぶ。

 

ケ析謂伯豐子曰、汝知養養之義乎、受人養而不能自養者、犬豕之類也、養物而物爲我用者、人之力也、使汝之徒食而飽、衣而息、執政之功也、長幼羣聚而爲牢藉庖廚之物、奚異犬豕之類乎、

ケ析伯豐子に謂ひて曰く、汝養ふと養はるゝの義を知れりや。人の養ひを受けて自ら養ふ能はざる者は、犬豕の類なり。物を養ひて物我が用を爲すは人の力なり。汝の徒をして食ひて飽き、衣て息はしむるは、執政の功なり。長幼羣聚して牢藉*庖厨の物たるは、奚ぞ犬豕の類に異ならんやと。

*牢藉、らうぜき、檻や柵。*牢藉庖厨の物、檻や柵につながれたり台所で料理されたりする(ような)もの。

 

伯豐子不應、伯豐子之從者越次而進曰、大夫不聞齊魯之多機乎、有善治土木者、有善治金革者、有善治聲樂者、有善治書數者、有善治軍旅者、有善治宗廟者、羣才備也、而無相位者、無能相使者、

伯豐子應へず。伯豐子の從者、次を越えて進んで曰く、大夫は齊魯の機*多きを聞かずや。善く土木を治むる者有り、善く金革を治むる者有り、善く聲樂を治むる者有り、善く書數を治むる者有あり、善く軍旅を治むる者有あり、善く宗廟を治むる者有り。群才備はれり。而かも相ひ位する者無く、能く相ひ使ふ者無なし。

*機、き、功能の人。

 

而位之者無知、使之者無能、而知之與能爲之使焉、執政者迺吾之所使、子奚矜焉、ケ析無以應、目其徒而退、

而(すな)はち之に位する者は知無く、之を使ふ者は能無く、知と能とは之が爲めに使はる。執政なるものは迺ち吾ら*の使ふ所なり。子奚ぞ矜らんと。ケ析以て應ふる無く、其の徒に目*して退く。

*吾ら、知無く能無く位無きもの。*目、もく、めくばせ。

 

公儀伯以力聞諸侯、堂谿公言之於周宣王、王備禮以聘之、公儀伯至、觀形懦夫也、宣王心惑而疑曰、女之力何如、公儀伯曰、臣之力能折春螽之股、堪秋蝉之翼、

〔十二〕 公儀伯(こうぎはく)力を以てゥ侯に聞ゆ。堂谿公(だうけいこう)之を周の宣王に言ふ。王禮を備へて以て之を聘す。公儀伯至る、形を觀れば懦夫*なり。宣王心惑ひて疑ひて曰く、女ぢの力如何と。公儀伯曰く、臣が力能く春螽*の股を折り、秋蝉の翼に堪(取)ると。

*懦夫、だふ、弱々しい男。*春螽、しゆんしう、春のいなご。

 

王作色曰、吾之力者、能裂犀凹†之革、曳九牛之尾、猶憾其弱、女折春螽之股、堪秋蝉之翼、而力聞天下何也、公儀伯長息退席曰、善哉、王之問也、臣敢以實對、臣之師有商丘子者、力無敵於天下、而六親不知、以未嘗用其力故也、

†凹の字、ほんとは凹の下に儿。

王色を作して曰く、吾が力は能く犀凹†*の革を裂き、九牛の尾を曳くも、猶ほ其の弱きを憾む。女ぢ春螽の股を折り、秋蝉の翼を堪りて、力天下に聞ゆるは何ぞやと。公儀伯長息して席を退きて曰く、善いかな、王の問ふや。臣敢て實を以て對へん。臣の師に商丘子なる者有り。力天下に敵無きも、六親知らず。未だ嘗て其の力を用ひざるを以ての故なり。

*凹†、じ、水牛に似た一角獣。

 

臣以死事之、乃告臣曰、人欲見其所不見、視人所不窺、欲得其所不得、修人所不爲、故學視者先見輿薪、學聽者先聞撞鐘、夫有易於内者、無難於外、於外無難故、名不出其一家、

臣死を以て之に事ふ。乃ち臣に告げて曰く、人其の見ざる所を見んと欲すれば、人の窺はざる所を視よ。其の得ざる所を得んと欲すれば、人の爲さゞる所を修めよ。故に視を學ぶ者は先づ輿薪*を見、聽を學ぶ者は先づ撞鐘*を聞け。夫れ易きこと内に有る者は、難きこと外に無し。外に難きこと無きが故に、名は其の一家を出でずと。

*輿薪、よしん、車いっぱいに積んだ薪の山。*撞鐘、そうしよう、つき鳴らす鐘の音。

 

今臣之名聞於諸侯、是臣違師之ヘ、顯臣之能者也、然則臣之名不以負其力者也、以能用其力者也、不猶愈於負其力者乎、

今臣の名ゥ侯に聞ゆ。是れ臣が師のヘに違ひ、臣の能を顯はしたればなり。然かれども則ち臣の名は其の力を負(たの)む*を以てせる者ならず。能く其の力を用ふるを以てせる者なり。猶ほ其の力を負む者に愈らずやと。

*負む、自慢する。

 

中山公子牟者、魏國之賢公子也、好與賢人游、不恤國事、而ス趙人公孫龍、樂正子輿之徒笑之、公子牟曰、子何笑牟之ス公孫龍也、子輿曰、公孫龍之爲人也、行無師、學無友、佞給而不中、漫衍而無家、好怪而妄言、欲惑人之心、屈人之口、與韓檀等肄之、

〔十三〕 中山の公子牟(ぼう)は魏國の賢公子なり。好みて賢人と游び、國事を恤(かへりみ)ずして、趙人公孫龍(こうそんりよう)をスぶ。樂正子輿(がくせいしよ)の徒之を笑ふ。公子牟曰く、子何ぞ牟の公孫龍をスぶを笑ふや。子輿曰く、公孫龍の爲人(ひとゝなり)や、行ふに師無く、學ぶに友無く、佞給*にして中らず、漫衍*にして家無く*、怪を好みて妄言す、人の心を惑はし,人の口を屈せんと欲して、韓檀*等と之を肄(なら)ふと。

*佞給、ねいきふ、口先がうまい。*漫衍、まんえん、とりとめがない。*家無く、一家をなさない。*韓檀、かんだん、人名。

 

公子牟變容曰、何子状公孫龍之過歟、請聞其實、子輿曰、吾笑龍之詒孔穿、言善射者能令後鏃中前括、發發相及、矢矢相屬、前矢造準而無絶落、後矢之括猶銜弦、視之若一焉、孔穿駭之、龍曰、此未其妙者、逢蒙之弟子曰鴻超、怒其妻而怖之、引烏號之弓棊†衛之箭、射其目、矢來注眸子而匡†不睫、矢墜地而塵不揚、是豈智者之言與、

†棊の字、ほんとは下が木でなく糸。†匡の字、ほんとは目へんに匡。

公子牟容を變じて曰く、何ぞ子が公孫龍を状するの過ぎたるや。請ふ其の實を聞かんと。子輿曰く、吾れ龍の孔穿*を詒(あざむ)くを笑ふ。言く、射を善くする者は、能く後鏃*をして前括*に中らしめ、發發相ひ及び、矢矢相ひ屬(つゞ)き、前矢準(まと)に造りて絶落*する無く、後矢の括猶ほ弦を銜(ふく)むがごとく、之を視るに一のごとしと。孔穿駭く。龍曰く、此れ未だ其の妙ならざる者。逢蒙*の弟子を鴻超(こうてう)と曰ふ。其の妻を怒りて之を怖さんとし、烏號*の弓棊†衞*の箭を引きて其の目を射るに、矢來りて眸子*に注(あた)りて、匡†(まぶた)睫(まじろ)かず。矢地に墜ちて塵揚らずと。是れ豈に智者の言ならんやと。

*孔穿、こうせん、孔子の子孫の名。*鏃、ぞく、矢の先。*括、くわつ、矢の尻。*絶落、ぜつらく、落ちる。*逢蒙、ほうもう、古の矢の名人。*烏號、うがう、黄帝の弓の名。*棊†衞、きゑい、矢の名産地。*眸子、ぼうし、ひとみ。

 

公子牟曰、智者之言固非愚者之所暁、後鏃中前括、鈞後於前、矢注眸子而匡†不睫、盡矢之勢也、子何疑焉、樂正子輿曰、子龍之徒、焉得不飾其闕、吾又言其尤者、龍誑魏王曰、有意不心、有指不至、有物不盡、有影不移、髪引千鈞、白馬非馬、孤犢未嘗有母、其負類反倫、不可勝言也、

†匡の字、ほんとは目へんに匡。

公子牟曰く、智者の言は固より愚者の曉る所に非らず。後鏃前括に中たるは、後を前に鈞しくすればなり、矢眸子に注りて匡†睫かざるは矢の勢を盡くせばなり、子何ぞ疑はん。樂正子輿曰く、子は龍の徒なり。焉んぞ其の闕*を飾らざるを得ん。吾れ又た其の尤(はなはだ)しき者を言はん。龍魏王を誑きて曰く、意有れば心ならず*。指す*有れば至らず。物有れば盡きず*。影有れば移らず。髪も千鈞を引く。白馬は馬に非ず。孤犢は未だ嘗て母有らずと。其の類に負(そむ)き倫に反くこと、勝げて言ふべからずと。

*闕、けつ、あやまり。*意有れば心ならず、意志があると本来の心と違う。*指す、目標。*物有れば盡きず、半分の半分の半分の……。

 

公子牟曰、子不諭至言而以爲尤也、尤其在子矣、夫無意則心同、無指則皆至、盡物者常有、影不移者、説在改也、髪引千鈞、勢至等也、白馬非馬、形色離也、孤犢未嘗有母、有母非孤犢也、

公子牟曰く、子は至言を諭らずして以て尤しと爲す。尤しきは其れ子に在り。夫れ意無ければ則ち心同じ。指す無ければ則ち皆な至る。物を盡くすも常に有り。影移らずとは、説改まる*に在り。髪も千鈞を引くとは、勢至りて等しきなり。白馬は馬に非らずとは、形色離るればなり。孤犢未だ嘗て母有らずとは、母有れば孤犢に非らざればなりと。

*改まる、新しく影ができた。

 

樂正子輿曰、子以公孫龍之鳴皆條也、設令發於餘竅、子亦將承之、公子牟默然良久告退曰、請待餘日、更謁子論、

樂正子輿曰く、子は公孫龍の鳴るを皆な條*ありと以へり。設令(たとひ)餘竅に發せしむるも*、子亦た將に之を承けんとすと。公子牟默然たること良久くして退を告げて曰く、請ふ餘日を待ちて更に子を謁(と)ひて論ぜんと。

*條、でう、道理。*發於餘竅、オナラ。

 

堯治天下五十年、不知天下治歟不治歟、不知億兆之願戴己歟、不願戴己歟、顧問左右、左右不知、問外朝、外朝不知、問在野、在野不知、堯乃微服游於康衢、聞兒童謠、

〔十四〕 堯天下を治むること五十年。天下治まるか治まらざるかを知らず、億兆の己を戴くを願ふか、己を戴くを願はざるかを知らず。顧みて左右に問ふも左右知らず。外朝に問ふに外朝も知らず、在野に問ふに在野も知らず。堯乃ち微服*して康衢*に游び、兒童の謠(うた)を聞く。

☆微服、びふく、しのびすがた。*康衢、かうく、大通り。

 

曰立我蒸民、莫匪爾極、不識不知、順帝之則、堯喜問曰、誰ヘ爾爲此言、童兒曰、我聞之大夫、問大夫、大夫曰、古詩也、堯還宮召舜、因禪以天下、舜不辭而受之、

曰く我が蒸民*を立つる、爾が極*に匪ざるは莫し、識らず知らず、帝の則に順ふと。堯喜びて問ひて曰く、誰れか爾にヘへて此の言を爲さしむと。童兒曰く、我れ之を大夫に聞くと。大夫に問ふ、大夫曰く、古詩なりと。堯宮に還りて舜を召し、因りて禪るに天下を以てす。舜辭せずして之を受く。

*蒸民、じようみん、万民。*極、きよく、お恵み。

 

關尹喜曰、在己無居、形物其著、其動若水、其靜若鏡、其應若響、故道若物者也、物自違道、道不違物、善若道者、亦不用耳、亦不用目、亦不用力、亦不用心、

〔十五〕 關尹喜曰く、己れを在らしめ居無く、物に形して其れ著はる。其の動くや水のごとく、其の靜かなるや鏡のごとく、其の應ずるや響のごとし。故に道は物に若(したが)ふ者なり。物は自ら道に違ふも、道は物に違はず。善く道に若ふ者は、亦た耳を用ひず、亦た目を用ひず、亦た力を用ひず、亦心を用ひず。

 

欲若道、而用視聽形智以求之、弗當矣、瞻之在前、忽焉在後、用之彌滿六虚、廢之莫知其所、亦非有心者所能得遠、亦非無心者所能得近、唯默而得之、性而成之者得之、

道に若はんと欲して、視聽形智を用ひ、以て之を求むるは當らず。之を瞻て前に在るかとすれば、忽焉(こつえん)として後に在り。之を用ふれば六虚に彌滿し、之を廢(す)つれば其の所を知る莫し。亦た有心の者の能く得て遠ざくる所に非らず、亦た無心の者の能く得て近づくる所に非らず。唯だ默して之を得て、性のまゝに成す者のみ之を得と。

 

知而忘情、能而不爲、眞知眞能也、發無知何能情、發不能何能爲、聚塊也積塵也、雖無爲而非理也、

〔十六〕 知りて情*を忘れ、能くして爲さゞるは、眞知眞能なり。無知に發すれば、何ぞ能く情あらん。不能に發すれば、何ぞ能く爲さん。聚塊*や積塵*や、無爲なりと雖も理に非らざるなり。

*情、じやう、事実(知っているという)。*聚塊、しうくわい、土くれのかたまり。*積塵、せきぢん、ちりあくたの山。

 

 

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